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[コメント] ジャンゴ 繋がれざる者(2012/米)

まず、やっぱりタランティーノにはこれぐらいオモロイ映画をどんどん作って欲しい、というのが第一の感想だ。これってマカロニウエスタンというよりは、完全にスプーフウエスタンですね。そういう意味で良い出来だと思う。
ゑぎ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 スプーフ(ちゃかし)は当然ながら概ね笑いを期待させる部分として表れているのだが、そんな中で厳然と旧来の西部劇の様式をぶっ壊す部分がある。そのあたりで、矢張り本作には並みの映画にはない興奮を覚える。例えば、ジャンゴに青い貴族的な洋装をさせたりだとか、タランティーノらしいKKKもどきのウダウダシーンだとか、或いはラストのディカプリオの姉ララの吹っ飛び方の演出に見られるような、明らかな作り物を装う(と共に遅れてきた西部劇作家としての「照れ」をも垣間見せる)コメディタッチの場面がある。いやこういう部分を上げていくとキリがないぐらいだが、それと共に、冒頭クリストフ・ヴァルツ登場の夜の銃撃シーンで、いきなり馬の首を撃つという演出があるが、これなんかはちょっと前例が思いつかない際立ったルール破壊の演出だ。そもそもこの馬の首を含めた全編に散らばる唐突な発砲、躊躇のない射殺の徹底性が本作の斬新さであり活劇としての強さだと私は思う。そういう意味で象徴的なのは、手配書の男を崖上から狙う、農場の大俯瞰ショットの場面だ。引き鉄を引くことを逡巡するジャンゴに対し、ためらう必要の無いことを教育するシーン。躊躇なく殺すことが活劇として美しい、映画として倫理的である、という表明ではないか。

 さて、シーンで最も感心したのはどうしたってディカプリオの邸宅での夕食のシークエンスということになるのだが、それ以上に、その前のサミュエル・L・ジャクソンの登場シーンまわりが私は好きだ。この高速度撮影でジャンゴらとジャクソンの顔を繋ぐ演出は、全くタランティーノらしい「フィルムに時間を定着させる」演出だ。そしてこゝでジャクソンがキーとなる人物であることが示されているのだ。実際、私はヴァルツ以上にジャクソンの人物造型が本作を支えていると考える。ヴァルツのようなヒーロー像を西部劇で見たことがないのと同様、この悪役(ボスキャラ)としてのサミュエル・L・ジャクソンのキャラクタリゼーションもまた、前例のない、過去の西部劇で持ち得なかった斬新さだ。

 さてさて、実を云うと私には結構不満もある。僭越ながら、付け足しのようにもっと面白くなったのに、という点を挙げておきたい。どれも好悪の分かれるところだと思いますが。

 まず、私の好みとしては純粋な復讐譚の方が活劇としての強さが出て良いと思うのだが、ま、それは置いておくとしても、タランティーノは甘すぎてできないのか、ヒルダの性的な陵辱が描かれないのはどうにも物足りない。別に胸の痛くなるようなレイプシーンを、等とは云わないが、ラスト近くで部屋に監禁される場面を見た際には、少なくも乱暴されかける、とかあると思ったが。そう云えば前作『イングロリアス・バスターズ』でもヒロインには甘々の演出だったのだ。残念ながらタランティーノの映画に対する倫理観はイーストウッドには到底及ばないと云わざるを得ない。あと、中盤の旅のシーンまわりの射撃の練習や賞金稼ぎのシーンは流して撮ったような印象になってしまっている。せめて射撃の練習はもっと良い場面にして欲しい。また、本作の回想等のフラッシュバック(黄色い服を着たヒルダの幻影を含め)は納得性が低く、つまり、即座に嚥下できないし、後になっても違和感のあるものが多く、映画の感情を停滞させている。

(評価:★4)

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