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[コメント] 何がジェーンに起こったか?(1962/米)

この映画で最大の悪役は、実はベビー・ジェーン人形なのかも。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭の、少女期の場面で、父親にアイスをねだるジェーンが、姉のブランチにも上げるように言うが、ブランチはそれを拒絶する。父親は「ひねくれた子だ」と詰り、母親はブランチを慰める。その時、母親が言った「今にあなたも注目される。その時は、パパとジェーンに優しくしてあげて」に、ブランチが答えて言った「忘れないわ、死ぬまで」という言葉。その表情は、許しの感情など全く覗わせず、強い怒りと恥辱に強張っている。

だから、このすぐ後の場面転換で明らかになる、成長したブランチが映画スターとなり、落ち目のジェーンが姉に世話になっている、という逆転劇は、ブランチの慈悲というよりも、一種の復讐として見る事が出来る。となれば、タイトルが入った後に展開される本編での、ジェーンがブランチに対して行なう数々の虐待もまた、復讐に対する復讐、という訳だ。

金髪の巻き毛と、あどけない顔。殆どそれだけで、お人形のように愛されていた、幼い日のジェーン。そんなジェーンに父親は「才能は涸れる事が無い」と言ったというが、彼女には、そんなものは最初から無かったのかも知れない。ジェーンの人生は、幻想で始まり、幻滅を生きてきたようなものだ。彼女の十八番が、死んだパパに手紙を書く少女を歌った曲、というのが皮肉な所で、優しく愛してくれたパパなど、最初から存在しないのだと暗示しているかのよう。実際、彼女の父親は、娘を単なる金儲けの道具としてしか扱っていないような印象だ。

唯一、ジェーンが演技力を発揮するのは、ブランチの声色や筆跡を真似て、彼女を陥れる時。そこには、利己心や憎しみの感情が手伝っていたのだろうが、同時に、それだけ姉の事を観察していた、という事だ。少女時代、半ば嫌々ながらに舞台に立たされていた様子のジェーンだが、大女優となったブランチの妹なだけあってか、本気になると演技力はある訳だ。これはもう、少女時代に母が味方についていた姉と違って、無条件で愛された事の無いせいで、本来の才能が開化しなかったような印象さえある。

ジェーンが最後に、浜辺でブランチの告白(=彼女が下半身付随になった事故は、彼女自身が、自分を笑ったジェーンを殺そうとした結果であり、酔っていたジェーンは憶えていなかっただけ)を受け、「私たち、無意味に憎み合っていたのね」と言う辺りからは、もう、大団円と言っても良いくらい。ジェーンが抱いていた理想もトラウマも、どちらも単なる錯覚に過ぎなかったのだ。

ずっと薄暗い屋敷の中で展開していた、姉妹の劇が、最後には明るい浜辺に出た時、ジェーンの顔にも幾分か若さが甦る。醜く歪んだ憎しみの表情の裏に閉じ込められていた、幼さの発露も、屋敷の中では感じられたグロテスクさを無くしていく。白と黒の対照が明確な、モノクロ映画独特のマジックだ。

そして、最後にジェーンは、瀕死のブランチにアイスを買ってくる。自分の分と、二人分だ。これは、少女時代に姉に拒絶されたあの場面を、取り返そうとしているかのように見える。結局、それを姉に渡す事が出来たのかどうか、映画の中では曖昧なままで終わるが、この余韻の残し方が巧い。売店へ向かって駆け出すジェーンを見つめるブランチの表情…、あれはもう、この映画の白眉。

(評価:★4)

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