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[コメント] もぐら横丁(1953/日)

「もぐら横丁」は下落合にある設定だが、主人公夫婦−佐野周二島崎雪子は、戸塚の下宿屋に住んでいる。狭い部屋での二人の会話シーンでは、どんでん(180度カメラ位置転換)をする。イマジナリーラインを越えても、ちゃんと繋がって見える演出だ。
ゑぎ

 佐野は小説家の卵。貧乏な二人は質屋通いをしており(質屋の看板には豊島区目白とある)、島崎を質屋に行かせた後、原っぱに二人で座って、どら焼きを食べる。原っぱに人物を座らせる演出は、清水宏だなぁと思う。こゝで、どうして結婚したのか、と聞かれた島崎が、嫌じゃなかったから、とあっけらかんと云う。一度決めてしまったことを考えたって仕方ないじゃない、と。本作の島崎は、基本的にずっとこんな調子なのだが、お色気担当の映画も多い中、化粧っ気もない貧乏な役柄を、朗らかに演じて今まで見て来た中で、最高に可愛い島崎だと思う。

 さて、島崎の懐妊をきっかけに下宿屋を出て(ほとんど追い出されて)、産科の病院でめい一杯留まった後、タイトルの横丁へ引っ越すことになる。この横丁が、両終端が少し高く、中央が低く(下り坂に)なっており、最初の導入ショットでは、クレーンで後退移動したのかと思った。しかし、この立地が面白い画面を生むのだ。また、いくつか部屋のある家が舞台となったこともあり、後半は、家屋内の横移動ショットが頻出するようになる。

 この横丁の場面で特筆すべきは、やはり、森繁久彌の登場シーンだろう。アドライターと名乗るのだが、製薬関係の広告を扱っているということか、薬の効能を早口でまくしたてて、薬を置いて行くのだ。佐野は一言も返せない。森繁には銭湯で石鹸について講釈するシーンもある。あと、島崎が、賞金目当てに、ラジオの「のど自慢」番組に黙って出演する場面もいい。彼女の歌が上手くて感激してしまったのだ。

 終盤では、佐野は芥川賞を受賞するというありきたりのパターンになるのだが、もらった賞金はほとんど借金の返済で無くなってしまい、記念品の懐中時計も、馴染みの質屋の質草になる。というのは良い展開だと思う。こゝまで登場していなかった質屋の亭主がやっと出て来て、磯野秋雄だったというのも嬉しい。さらに、残ったお金でお腹いっぱい食事をし、浅草の仲見世通りを二人(と赤ちゃん)で歩くのだが、この場面がもの凄いモブシーンで、清水宏映画の演出部の仕事ぶり、その能力の高さがよく分かる画面になっていて感動する。

#備忘でその他配役等を記述。

・最初の下宿の管理人は宇野重吉。佐野とは碁仲間。佐野が黒で、予め二子置く。

・島崎の幼馴染の学生は片桐余四郎(後の佐竹明夫)。島崎がこの幼馴染と一緒に見る映画は『七つの大罪』(1952)だ。

・下宿の住人の集会で説明する新しい管理人は田中春男。こゝは屋内を後退移動。

・もぐら横丁の空き家(実は事故物件)の情報をくれる学生、バン君は和田孝。引越しシーンで対応する隣の家(バン君の家)にいる学生は、若き天知茂だ。もぐら横丁の大家は日守新一

・佐野の文学仲間には、堀越節子千秋実増田順二。増田の妻は若山セツ子

(評価:★4)

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