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[コメント] 風立ちぬ(2013/日)

真顔だったのかよという驚き……!
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 正直『ポニョ』とか『アリエッティ』とか見てて、もうボケちゃってんだなと思ってたんです。最近の宮さんの脚本というのは、たとえば『ラピュタ』のような秩序だった物語の構築という作業がまったくなされていなくて、それはまさに「緻密な設計」というものが放棄されている状態だったように思うんですね。

 宮さんは絵だってうまいし、レイアウトもすごい、動きのアクションのつけ方もすごいけど、やっぱり一番すごいのは話術、ストーリーテリング、物語の設計というものだと思うんです。そういう設計作業に宮さん自身が飽きたのか、枯れたのか、そこらへんは想像でしかないものの、少なくとも、『もののけ姫』なんかは口半開きでつくったんだろうなと思っていたし、『千と千尋』は勃起しながらつくったんだろうなと思っていたし、『ポニョ』なんか「アヘアへ海面描きおじさん」と化していたに違いないと確信しながら「フゥ……宮崎駿も完全に終わったな」なんて公開のたびに落胆してたんです。

 で、『風立ちぬ』で言うんですよね。「クリエーターの全盛期は10年だ」って。『ナウシカ』から『紅の豚』までで8年、『耳をすませば』までで11年。これがスポッと当てはまってしまって、つまり少なくとも宮崎駿という人は「10年間は完全に比類なき日本一の大天才だったよ」と自分から宣言しているという、そういう映画にしか見えなくなってしまった。ヒコーキは、お客さんを乗せて空を飛ぶ美しい物語、僕ちゃんの作品。

 じゃあ戦争とは何かといえば、商業主義ということになるわけでしょう。自分は商業なんか興味なくて、本当に美しい物語を作りたかっただけだ。だけど、商業がなければ美しい物語を作り続けることができないから、それを否定することもしない。けど、あんまり突っ込んだ話もしない。なぜなら僕ちゃんは美しい物語を作りたいだけだから。そんで「最後は焼け野原だ」ってことになって、少年は憧れの人にワインに誘われるような、立派な大人になりましたって。ここらへんの宮さんの自己肯定というか自己正当化というか、開き直りがね、すごい。ヒロインの扱いとかもすごい。「僕の美しい物語のために、美少女よ、命を捧げなさい」ですからね。

 でも、もうひとつ読み取れたのは、宮さん自身が『ポニョ』や『ハウル』を美しくないと自覚しながら真顔で作っていたということなんです。それがすごく感動的なことだった。もはやただ飛ぶだけの、戦争に利用するだけの、二度と戻ってこない弾丸のような、特攻機のようなものだと自覚しながら、作り続けていたんだと告白してくれたんです。完璧な設計図はもう引けない、でも自分の身体が風を感じている限り、生き続けなきゃいけない、宮さんにとっては映画を作ることが生きることだったわけだから、作るために生きるために自分と真剣に向き合い続けた結果が、近年のおかしな作品群だったということなんだと思って、なんだか全部、もう一度見直したくなりました。

 だいたい庵野が主人公の声をあてるって聞いたときに私は「宮さんはいよいよ本格的に狂った」と思ったんです。もう少しきれいな言い方をするなら「お客さんとの対話を断った」と思った。だから、この作品を見に行くつもりはなかったんです。昨今の劇中でタバコがどうとかという話で「そんなに吸ってんの」というほんの少しの興味でもって見に行ったの。でも、終わってみれば、庵野を使ったことにも意味が見いだせる。

 宮さんはきっと庵野に、

「おめえもそろそろ10年の限界を自覚してるだろ? こっからは苦しいぜ?」

 っていうメッセージとともに、ハメを外させたんだと思うんです。才能が枯れてからも映画を作り続けるのは苦しい、だけど宮さんにはそれしかなかった。庵野にも、それしかないだろう。

「だけど庵野、俺みたいになるな、もっと自由に生きていい。たとえば、ジブリ映画で主人公の声をあてるなんて、そんなバカみたいなことをやってみたっていいんだ。だから、生きろ」

 早々にパイロットをあきらめて優れた設計師になった宮さんは、同じように優れた設計師である庵野を、自分の設計したヒコーキのコクピットに押し込んで強引に空を飛ばせてしまった。「飛べねえ豚なんていねえ」って言い切ってしまった。こんな奇跡みたいな師弟関係ありますかね。

 そう考えると、『風立ちぬ』の主人公は、庵野でよかったと思うんです。じゃあ庵野が『式日』で岩井俊二を主人公にしたのにも何か意味があるのかもしれないと思ったんですが、それは考えるのがめんどくさそうなので置いておくことにします。

 あと、最初に見た夢のヒコーキ、エンジンを回すと垂直に浮き上がるんですよね。VTOLなんです。オスプレイですよ。このへんのグロテスクな描写と、サバの骨信仰、本当に美しいものは人の手では作れない、神様の作ったものから抽出するしかないというメルヘンチックな語り口も、いかにも宮さんらしくて、よし、もう笑いながら死んでよし! と思いました。

(評価:★5)

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