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[コメント] 荒野はつらいよ 〜アリゾナより愛をこめて〜(2014/米)

劇中の年代がいつであれ、いかなる物語も現代的価値観の反映とまったく無縁のままに語ることはできない。時代考証に注力するなどして演出家・脚本家の多くがその糊塗や粉飾に苦心するところ、セス・マクファーレンはむしろ現代的価値観の混入そのものを作劇の柱に据えることで西部劇の喜劇化を画策する。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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もっとも、以上のごとき戦略はコメディ(とりわけパロディ)にとって決してマイナーな方法論ではない。しかしマクファーレンの仕事ぶりはまったく熟練工のように入念である。

たとえば「ミス・アメリカすら醜女」「笑顔で写真を撮る輩はキ印」といった当時に関するトリヴィアルな知識が現代的価値観を逆照射するべく各所にちりばめられているが、前者がもっぱらギャグ的ディテイルとして消費されるに過ぎない一方で、後者はやがてマクファーレンとシャーリーズ・セロンの交感を慎ましくも感動的に描いたシーンに結実するだろう。あるいは『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』のクリストファー・ロイドが召喚されるのも、正確に西部開拓期と現代の時代的差分を求める演出がためである。

しかしながら、それらが果たして「映画」の面白さであるのかと問うたとき、色好い回答はとても期待できそうにない。荒野や奇岩の風景が映し出されるだけで胸を高鳴らせてしまう私の性癖を措けば、撮影も重過失を犯していないというだけであって、取り立てて加点を認めるに及ばない。また、リーアム・ニーソンとの決闘においてマクファーレンに勝利をもたらした要因は「先住民族との交流」にあり、それを可能としたのがマクファーレンのマルチリンガル能力であり、そしてそれは彼のナード性に基づくものであるという。物語を裏切った作劇ではまったくないが、ここにこそ「羊」(とりわけ屋根乗り羊)を絡ませて、羊飼いとしての彼を肯定してほしかったところだと私などは思う。

さて、このようにいくつかの不備を列挙できたとして、それでもなおこの映画には何か妙なる調べが流れていたとするならば、それを奏でているのはほかの誰でもなくシャロンのヒロイン造型である。ワイルド・ウェストを生き抜くためのタフネス以上に「優しさ」の価値を正しく知った女性である、という点が彼女の魅力の核だ。それは確かにマクファーレン的男性が抱く理想を忠実に具現化したようで、それだけであれば「対象」としての女性であり過ぎるところだろう。しかし、政治的適切さそのものを笑いの材料にできる程度にクレヴァな演出家マクファーレンは、彼女に主体性を与える手続きも怠っていない。あるいは次のように云うこともできる。セロンとアマンダ・セイフライドの魅力に差を設ける演出は何によって根拠づけられているか、それこそが現代的価値観と呼ばれているものにほかならない。

(評価:★3)

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