[コメント] 薄氷の殺人(2014/中国=香港)
映画を見終った人むけのレビューです。
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これは逸脱の映画だ。
現場捜査に於いては、ベルトコンベアなどの回転する機械音が、聞き取り調査に於いては、ファム・ファタールたる女の働く店のランドリーの回転する音が、絶え間なく鳴り響いている。 (華北における)人間のその存在の意味の全てが、回転すること、歯車として社会に貢献する事だと、宿命付けられているが如くに。
しかし、この映画はそれらの音から、その日常から、逸脱する幕間に於いて、大いにその芳醇な魅力を醸し出す。
例えば、淡いグラディエーション豊かな美容室での銃撃戦、夜間の黄色いトンネル内でのバイクを追う周回するカメラ、映画館の路地裏での赤い殺人。 或いは、役場に突然と現れる白い馬、黄緑色の夜の鉄橋の男(元刑事)と女の慟哭、鮮やかな黄色いスケートリンクからほの暗い雪道への誘導。
観覧車内での高揚感のある抱擁の場面では、様々な色のネオンの光が、憂いを湛えた女の顔と瞳を映し出す。ヒッチコックの『めまい』の如く様々な内面を隠し持つ女の姿。映画の記憶。
そう、日常を逸脱する瞬間こそ、この映画の醍醐味であり、人間の存在の意味であり、同時に、豊かになりつつある現在の中国・華北の気配でもあると察した。
最も魅力的に逸脱した時間は、黄色い思い出に彩られた、ラストの「白昼の花火」であろう。男が画面に一瞬映り込んでいる様に、あの花火は、男(元刑事)が愛する女に、惜別の哀愁の意を込めて打ち上げた、破裂音と硫黄の香りがするラブレターなのだ。
驚くべき瞬間は、女が、その「白昼の花火」を見て感じて、即座に、男の行動と愛情を確信した表情であり、特に瞳の奥の煌めきである。事件の主犯であっても、真に男から愛されてしまう美しき女の矜持と喜びを隠しきれない、自惚れる、その瞳の奥で彷徨う妖しさ。
その妖しさの瞬間は、見事なファム・ファタール像が確立し、堅固なフィルム・ノアールと、男の儚いラブ・ストーリーが両立してしまう矛盾の、怖さと美しさを湛えている。
今でも、私の耳に、スケーター・ワルツの音楽が、近くに或いは遠くに聞こえ、脳裏から離れない。
どうやら、私も囚われ人のひとりになってしまったようだ。
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