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[コメント] 恋人たち(2015/日)

ぐるりのこと。』(08)では傷ついたものに寄り添うことの大切さが「カップル」をとおして描かれた。『ゼンタイ』(13)では空疎な言葉に傷ついたものたちが無になって「連帯」していた。今回は不寛容のなかの「個」からキツイけど絶望は嫌だという叫びが聞こえる。
ぽんしゅう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







片腕のない男は自棄になった部下の男に言った。馬鹿には「いい馬鹿」と「ダメな馬鹿」と「悪い馬鹿」がいる。同じ馬鹿でもお前は「いい馬鹿」だ。何故なら、お前には生きていくための才能があるじゃないか。男は納得したのだろうか。上司の心情に思いをめぐらせた男が、腕を失くした理由を彼に尋ねるのは、ずっと後になってからだ。その答えに笑い声をとり戻す。男は無意識のうちに「日常」から差し込む光を感じただろう。そして、都会の底から見える青空に気づくのだ。

切符の手配もろくにできない派遣社員の私に上司は言った、と女は言った。仕事の仕方には二種類ある。才能を活かして会社に貢献するタイプ。存在のすべてを会社にささげるタイプ。お前は後者だ。そう言ったのがいまの主人です。この上司と結ばれたとき、女は一生の安寧を得たと感じただろう。女がそれを思い出すのは、飛べもしないニワトリが羽をばたつかせ、懸命に飛ぼうと悪あがきをしているような逃避行から再び「日常」に戻ったときだった。

その夫婦を自分の理解者として信じていただろゲイの弁護士は、偏見に根ざした突然の根拠なき言いがかりで心の支えと永年の愛を絶たれてしまう。ゲイの弁護士は、理不尽にも妻の命を奪った犯人に復讐したいと懇願する依頼者に言う。もうやめましょう。これ以上続けると傷つくから。いや、あなたてはなく私が。そのひと言は、自分と同じ境遇にいる依頼者に対する弁護士の優しさだったのかもしれない。傷ついた弱者が偏見や暴力に抗うとき、さらに傷を深めるのは弱者の方だということをゲイの彼は知っている。

この話には「恋人たち」という題名から連想する甘やかさなどいっさい描かれない。あるのは不寛容のなかを生きる者の絶望ばかりだ。それでも橋口亮輔は絶望はしたくないと言っている。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)irodori[*] jollyjoker[*] ロープブレーク[*] 水那岐 けにろん[*]

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