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[コメント] 女が階段を上る時(1960/日)

沢山のスタンド看板や突き出し看板。バーがひしめく銀座の通り。昼のバーは化粧をしない女の素顔、みたいな高峰秀子のナレーションが入る。
ゑぎ

 バー「ライラック」。横山道代の結婚祝いの場面から始まる。相手は藤木悠。女給たちの会話を繋ぐ。こゝにマダムの高峰はいない。高峰と店のマネージャー−仲代達矢は、オーナーの山茶花究に呼ばれて営業の改善を指示されている。曰く顔の広いミノベさんにもっと来てもらうこと。高峰は仲代と二人で築地川にかかる三吉橋を渡りながら、電話なんかしたくないと云う。この会話中に、オフでサイレンの音が聞こえ、銀座の通りを走る救急車を映すのだ。あゝ成瀬だと思う。

 本作は、成瀬らしいキャッチーなカット割りは僅少で、非常に安定した切り返しの演出で終始する映画だ。カットレベルでキャッチーと云えるのは、高峰がバーに戻って横山らに祝福の言葉をかけているシーンで、女給2人の会話を横から撮って、高峰らが奥にフォーカスアウトして映っているショットの連打ぐらいだろうか。

 ただし、成瀬らしく、プロットのギアシフトに関しては、実に効果的な働きをしている映画だと云えるだろう。あと、同一の場所への人物の出し入れに関してもそうだ。勿論、高峰の美貌を堪能することが一番の興趣であることに異論は無いが、高峰に絡む男たち、ミノベ−小沢栄太郎、銀行の支店長−森雅之、大阪の実業家−中村鴈治郎、町工場の社長−加東大介、こゝに上で記した仲代と高峰の兄役の織田政雄も含めた男たちを見事に取り回した演出について楽しむことが、成瀬を楽しむことだと私は思う。

 まずは、ミノベ−小沢が久々に店に来て(仲代が電話したとのこと)、高峰と一緒に、ユリ−淡路恵子の店へ行くのだが、そこで小沢からゴルフ旅行を誘われ、返事は今日中、と云われた後の展開。淡路の店へ入ろうとする森雅之と高峰をちょっと絡ませた上で、ライラックへの細い階段を上りながら、さあ、追い詰められた、というナレーション。次のシーンでは、高峰の店が「カルトン」という別のバー(こちらのオーナーは細川ちか子)に変わっている、というプロットのシフトは、まったく成瀬らしい。いや、菊島隆三らしい、と云うべきかもしれないが、成瀬に合わせて(成瀬が喜ぶように)菊島が書いたとしか私には思えないのだ。

 また、一つの場への人物の出入りの面白さという部分では、バーという空間は勿論その最たる例なのだが、バー以外にも、高峰の赤坂のアパートの部屋が上げられるだろう。女給の団令子が泊まった翌朝、仲代がやってくる場面、兄の織田が無心に来ている最中に、加東がプレゼント(黒水仙という香水)を持ってくる場面、そして、森が出て行った後すぐに仲代が入ってくる場面、といった具合に、複数人物を逐次登場させる装置になる。あるいは、高峰が実家の佃島にいる際に、団が留守番をしていて、そこに中村鴈次郎がやって来る場面も面白い。また、佃の実家でも、高峰と織田がいる時に、細川が来、その後に母親の賀原夏子、さらに加東が現れる、という場面がある。

 というワケで良く出来た見応えのある作品だが、本作の高峰は、その実生活での素顔、特に俳優という仕事をどうしても続けざるを得なかった、という部分、親戚たちの金づるにされ続けたというようなところで、とても重なるものを感じさせるキャラクターになっていて、見ていて複雑な心持ちになった。冒頭で救急車が登場したということもあって、初見の際は高峰が酷い仕打ちを受けて終わるのではないかと危惧しながら見たのだが、いや、笑顔で終わるこのエンディングだって十分酷いと云えるだろう(力強さこそ感じるべきだとは思うけれど)。

#備忘でその他の配役等を記述します。

・女給達では、北川町子中北千枝子塩沢とき柳川慶子若林映子が目立つ。中北は一人銀座のホステスらしくないと思ってしまった。

・バーに来る客たちは他に、三津田健田島義文十朱久雄村上冬樹ら。出入り業者では、闇の酒屋が多々良純、呉服店の佐田豊、下着屋の菅井きん

・北川が美顔術を受ける美容院の店員に河美智子三田照子。トランプ占いの占い師−千石規子の成りきりぶり。その表情が可笑しい。新しいバーの物件を探す場面の不動産屋で谷晃。淡路恵子の母親に沢村貞子。小沢の部下で瀬良明

本間文子が登場する場面では、千住のお化け煙突(4本煙突)が見えている。

・森雅之の妻は東郷晴子

(評価:★4)

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