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[コメント] FAKE(2016/日)

薄暗い室内に大きな音で鳴り響く玄関チャイムや、窓外を走り抜ける電車の癇に障る轟音。もしも、この耳障りな生活音が、聾唖者の暮らしぶりを演出するためのFAKEだったとしたら森達也ほど巧妙な嘘つきはいない。私のなかの、疑うことと、信じることの曖昧さ。
ぽんしゅう

まさに相手の耳となり男をサポートする女と、成すすべもなくその手話に不安げに見入る男。二人三脚のように寄り添う佐村河内夫婦の姿に、私は好感を抱く。つい数年前、テレビの中で胡散臭さを振りまいていたあの佐村河内が、チャーミングにすら見える。この男は、自意識が自然に滲み出てしまうイジメられっ子タイプなのだろう。きっと本人に悪気はないのだ。

一方、当時、佐村河内の告発者として登場し、消え入りそうな声で「真実」を懸命に語った新垣某は、ここでは「真実」から逃げ回る腹黒いお調子者として胡散臭さをふりまく。この男は、主体性がなく周りに身をゆだねることで自分の位置を確保するタイプなのだろう。だから市場原理に身をまかせメディアの玩具として、今のポジションへと流れ着いたのだ。きっと本人に悪気はないのだ。

カメラの立ち位置の違いで、偽善者扱いだった佐村河内は夫婦愛を唯一の頼りに生きる犠牲者となり、勇気を振り絞った気弱な告発者だった新垣は、「真実」を隠して逃げ回るは腹黒いピエロとなる。何とも分かりやすいポジションの逆転だろう。

何故、こんな見事な逆転が起きてしまうのか。きっと、「私」が、カメラを構える伝達者たちの恣意に、いとも簡単に意識操作されてしまうフツーのタイプの人間だからだろう。佐村河内にも、新垣にも悪気はないのだ。悪いのは私なのだ。

ことほど左様に、物事は「善か悪か」、「真か偽か」といった二分法に回収などできないのだ。これこそが、今の世の中に欠けている唯一の「真実」であり「正義」なのだ・・・と臆面もなく言ってしまう愚。こんな一般論を、さも正論のように訳知り顔で書いている私が、やっぱり一番胡散臭い奴なのです。分かりやすくて、だからこそ、分かりにくい、やっかいな映画です。

(評価:★4)

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