[コメント] クリーピー 偽りの隣人(2016/日)
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TVのCMでの甲高いナレーションで「やばいよ!やばいよ!」ってやっているやつ。もう監督が黒沢清だから、なんていう態で見に来る観客なんて想定していないっていうのが想像ついたから、もっと無難な感じかと思って鑑賞したのでそういう意味では後半の監禁、真空パックなんかの容赦のない演出はむしろ期待を上回ったので、私にはよかった。隣の席で中学生くらいのお嬢さんとお母さんが観にきていたけど、最近テレビドラマでもお馴染みであり、先のTVCMなんかでそそられてカジュアルにサイコパスものを楽しもうとしてきた人には気の毒に思った。…もうげんなりなんじゃない?
これ北九州市で一家を監禁し、互いに監視・虐待させながら、財産をむしりとるっていう、ほんとうにあった一家失踪事件が、(原作の)元ネタかもと思った。この事件の犯人も、本作の香川照之みたいに、人を篭絡させ、恫喝し、口のうまさと家庭用電気による人体への通電で心身ともに被害者たちを麻痺させ、暴力によって完全に家族たちを支配してしまうのだ。本作もそうだけど、「こんなの逃げ出せばいいじゃん、娘なんて学校行ってんだし」って思ってしまうけど、そここそが暴力による支配の凄いところで、リアルな話では予想以上に逃げる気力がなくなるというのが本当らしい。DV被害なんてまさにそれの最たるものなんだろう。
現実のほうがフィクションよりも「現実味」がない北九州市一家失踪事件や本作のような場合、やはり必要なのは人物像の掘り下げによって「説明を尽くす」しかないように思う。どうやって犯人は被害者たちを掌握していくのか、娘はなぜ学校にいった先から逃亡しないのか、竹内結子妻はなぜ「いろんなことがどうでもいいのか」とか。そうなるとテキストにくらべ映画は分が悪いのが常である。本作はその状況説明のほとんどを香川照之のキャラに依存してしまって有無を言わさない風にしのごうとしている。そう考えると香川照之は大健闘なんだと思う。そうなると不満はもう少し西島のキャラや竹内のキャラに深みを与えられなかったか、というふうになるんだが…。
ともあれ、そういう「説明」はウェルメイドなサスペンスには必要なのだ。あくまで観客の鑑賞点は自分たちの知っている現実社会なのだから、そことリンクが外れることは鑑賞上腑に落ちなくなってしまう。「ホラーなのか、サスペンスなのか、どっちか言ってよ」っていうのは、どうでもいいようでいて、観客側からすればあらかじめスイッチの入れ方を変えて観るなんてことを割りに当たり前にやっているので、結構大事なことに思う。作り手はもっとそこを意識して作る必要があるように私は思う。その点でいうと、監督って結局制作側やスポンサー側のチェックが甘いところでは、趣味に走るのがこれまた常なんだな、って思う。どちらかというと監督は「説明を排除した」雰囲気や美術を見せたい欲が強いので、先述のような説明はバンバン排除にかかる。だからラストの「はしょり感」は否めない。サスペンスファンや原作ファン(私は未読)は、西島・竹内のコンタクトの詳細をちゃんと知りたいだろうし、川口春奈のほうの昭島の事件の掘り下げによる、香川演じる犯人の人物背景を教えてもらわない限りたぶん納得しないだろう。
逆に黒沢ファンは、警察署の廊下や壁、窓枠なんかの美術、とりわけお馴染みの「車内と車窓風景の『世にも怪奇な物語フェリーニ編』の光学合成に、ニヤニヤするけど全体にはモヤモヤするのだろうな。
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