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[コメント] 怒り(2016/日)

一つの殺人犯の逃亡を巡る三つの交わらないドラマは、サスペンスとしては面白い。しかし観客に投げかけられる問いはどうなんだろう?
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
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殺人事件で指名手配された犯人に似た、なぜか過去を明かそうとしない人物が、同じタイミングで身近に現れたケースに遭遇した3組の話。なるほど、たまたま間の悪いタイミングで、同じような容姿の人物が近所や職場に現れたとしたら、絶対に疑ってみるだろうと思う。そういった意味で誰にでも起こりうるサスペンスだと思う。しかしこの作品はサスペンスよりも、それを足掛かりとして「人は他人をどこまで信頼し続けられるのか」という人間ドラマに比重を置く。俳優たちの競演はそこにこそ輝きを放ち、本作の見せ場はそこにこそあるのだが、しかし自分は本作品のこの命題というよりも思考実験に近いこのテーマに正直乗れなかった。

なぜならこの物語がその思考実験のために作為的に作られていると感じたからだ。この3人の男たちの行動の仕方では、信頼を得られなくとも仕方がないと思うのだ。3人の過去を明かさそうとしない人物は、それぞれ事情があって過去を明かさないのであるが、八王子の事件のこと、その犯人が指名手配を受けていることは知っているのである。だとしたら周囲が自分に疑いの目を向けることは想像がつくはずだ。すなわち「本来の逃亡理由でない理由によって」自分が疑われていることはわかっているのである(もちろん真犯人は除く)。なのにあえて「疑わしさが残る」かのように、きちんと事情を説明しない。ここが作劇上の作為を感じる。どうせ疑われているのであれば、ダメもとでもきちんと説明を果たせば、こんな「どうして信じてあげられなかったのか!」と号泣するようなドラマにならずに済んだように思うのだ。要するにちょっとしたボタンの掛け違いによる誤解、という強ち不可避とも言えないようなことで大騒ぎしているように感じるのだ。原作を知らないので何とも言えないのだが、広瀬すず演じる少女が米兵にレイプされる挿話は何のために用意されているのだろう? この事件こそ不可避で理不尽そのものの、この物語の中で最も「怒り」を覚えていい事件なのに。結局はテーマありきの物語になってしまっているところが個人的には乗れなかった理由だ。

坂本龍一の劇伴は、ことさらメロディックでもないのに、画面に溶け込んでいない感じがして、過剰に情緒的でうるさい感じがした。このテーマが流れたら「疑い」が発動、このテーマは流れたら「悲劇」が発動、という感じに、音楽が示唆していくような感じが嫌だった。単に音楽の使い過ぎ、あるいはミックスでの音楽における音量が大き過ぎなだけかもしれないが。むしろ最近では絶滅といってもいいくらい、作品と分離可能な、楽曲として独立性が高い映画音楽のほうがむしろ映画を邪魔しない場合もあるのかも、と思った。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

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