[コメント] ゲット・アウト(2017/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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優位性を評価するという点が新しい差別の形であるという評が散見されるが、これは誤りだと思う。相手を審査し、評価し、「商品」として扱うという意味では奴隷制の昔から本質は変わらないことを示唆している。この点、吟味し舐め回すような視線演出が優れており、階下からカルーヤの足音に耳を澄ませて階上を見上げるぬるりと粘着性のある演出、「品評会」「競り」、歴代彼氏の写真が文字通り商品カタログとして提示されるシーンの気色悪さがテーマを集約しており良い。
もうひとつ優れていると思う点は、差別とは相手の肉体も精神も、文字どおり「マウント(乗っとる)」するということを直接的に可視化したことであり、差別された側はかりそめの肉体と精神を強いられ、牢獄に囚われるのと同様の社会環境で生きていることを分かりやすく示唆していることである。笑いながら泣くという内面と外面が引き裂かれたグロテスクさをカルーヤは事情もわからず醜悪と吐き捨てるが、白人コミュニティに対するカルーヤの卑屈な笑みも変わらない。この一見唐突な設定の本質が実社会でもまだ息づいていることを感じさせる。
さて、欠点の話です。脱出のシークエンスが物足りないという点、ジュードーの話はどうした、面倒くさくなったように殺りすぎ、という皆さんの意見に激しく同意します。ただ、キャラクタリゼーションや活劇という面での文脈から語られていますが、ジュードーで弟を撃退すべきだったとする理由はわたしにはもうひとつ、テーマの語りにおける旨味をみすみす無駄にしているという点にあります。このようにすれば、弟の視点からすれば、「商品」として見いだした「価値」に逆襲されるという皮肉な懲罰への感興が沸きますが、これがありません。カルーヤの視点からすれば、「価値」を自ら証明してしまったという昏い感興が沸きますが、これがありません。ストンピングで十分だったということを匂わせる演出があるわけではないので、やはり手落ちでしょう。
また、健康体にはとても見えない弟は、老人や盲目の美術商と同列に健康体への嫉妬、コンプレックスに基づくキャラクタリゼーションをしやすい立ち位置におり、不自然に家財道具をもてあそんだりさせているので、総合格闘技云々は品評のためのハッタリであり、どんな卑劣な手で来るのかと思いましたが、これがありません。「優位性」へのコンプレックスのファナティックさを活劇によって語ることができるキャラクタを殺してしまったということでしょう。
この映画、『シャイニング』を参照しているとおぼしき要素がいくつか読み取れます。不自然に清潔な屋敷のシンメトリー構造や一部のステディカムは不穏な空気やカルーヤへのまとわりつく視線を表現していて、基本は押さえていると思います。カルーヤの友人の立ち位置はハロランさんの役回りに近く、警察に相手にされないシーンもパロディ的で楽しく見ました。しかし最も参照すべきだったのは、これも脱出シーンでしょう。シャイニングでは終盤、ホテル全体が脱出しようとする母子を絡めとろうと生き物のように牙を剥きます。監禁部屋からの脱出過程の物足りなさは、このように、「屋敷」を描きながら格好な題材を無駄にしていることにあります。屋敷という空間は迷路のように描くべきというのは映画の古典であり、その脱出不可能性が、ここでは差別の社会環境の比喩としても表れると思うのです。なにしろ題名が「脱出」なのですから。
あまり欠点ばかりだとアレなので、最後によかった点を。終盤、倒れたカルーヤと彼女のもとに「警官」が駆けつけ、彼女が助けを求めるシーン。このシーンの何が恐ろしく、優れているかといえば、第三者にはカルーヤが加害者に見えるという点で、この恐ろしいという感想が我々の無意識な差別意識に導かれているということ。つまり、「理想的な社会環境としては、このシーンの恐ろしさがわからないということが正しい」ということを訴える力があるということ。この遠回しな伏線として序盤の白人警官からの尋問を置くというのはうまいとおもいます。「警官」があの友人であったというのは、娯楽としての歯切れのよさへの配慮なのか、甘さなのか。わたしにはわかりません。
あとこれ、「火の鳥ー復活編」を参照してますね。まあしてないかもしれませんが、この点を踏まえて見ると面白い点も。「レオナの体が...レオナの体がわたしを殺す...!」ってね。ここでは精神のかけらに殺される訳ですが。白人への反逆が自らの肉体も滅ぼしてしまうというジレンマにも何かしらのメッセージを汲み取れるのかもしれませんが、ちょっと頭が痛くなってきたのでやめます。
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