[コメント] PASSION(2008/日)
巻頭の、都会の空から地上の人物へのティルトダウンと、地面の穴から人物へのティルトアップの連続カットが意表を突く。これから起こる物語の“混乱”を暗示して不気味だ。次のシーンで自分たちが主役のパーティに遅れそうだと焦るカップル(河井青葉/岡本竜汰)のタクシー内の会話が“混乱”の暗示を現実の世界へと導き入れる。見事な開巻だ。
以降、このいつかどこかで観たシナリオ構造(荒井晴彦の『ダブルベッド』etc)を持ちながら、オリジナリティ溢れる演出がほどこされた「引きずられる者たち」の不倫劇は、その男女の「迷い」に潜む形而上的な抽象概念をスリリングに可視化していく。
たとえば、生徒たちを前に教師のカホ(河井青葉)が「暴力論」を繰り広げるシーン。詰問調で断定的な言葉の連打とテンポの早いカメラの切り替えしによって徐々にシーン自体が暴力性を帯び始め、ついには「人と暴力」の関係に内在する矛盾が映像というカタチとして立ち現われる。
互いの本音を暴き出すためにトモヤ(岡本竜汰)が毅(渋川清彦)と貴子(占部房子)に仕掛ける「本音ゲーム」のシーン。ソファに座った三者の間を、執拗にカメラは切り替えし続け図式的に三角形を行き来する。その単調な視点とゲーム自体のルーズなルール設定が呪術的な緊迫感を生み出してシーン自体が「人の思考」の勝手さと曖昧さを浮き彫りにする。
さらにケンイチロウ(岡部尚)とカホ(河井青葉)の夜明けの超ロングテイク(10分以上ありそうだ)。固定された殺伐とした湾岸の風景に延々と重なるオフスクリーンの二人のたあいない会話は風景と言葉の境界を曖昧にして、あたかも肉体から切りはなされた二人の精神が画面を浮遊しているような錯覚を起こさせる。
実験精神にあふれた、映像研究科の修士生ならではの知的でエキサイティングな不倫恋愛「映画」だ。
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