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[コメント] 新聞記者(2019/日)

私もときどきデモに参加するのだが、内閣情報調査室には私の顔写真も保管されているのだろうか。撮るよと教えてくれたらサムアップのポーズぐらいしたんだが。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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町山智浩氏までが起承だけで転結がないと評していた(転結は参議院選挙だとアジっておられた)ので、事実の羅列で終わるのかと思いきや、フィクションに踏み込んでおりこれが滅法面白い。スクープされる特区新設大学での生物兵器製造というネタが、モリカケ合体のセミ・ドキュメンタリーから突如転がり出す訳で、観客にはこれも本当なのかと見えてしまう。こういうトンデモ噺が事実だったという展開をもう我々は厭きるほど見てきたから、閾値が限りなく低下しており、この文脈ではああまた何かやっているねと感じてしまうのだ。巧まざるブラックユーモアというべきだろう。

ドキュメンタリーでなく劇作として撮られた価値は、取材しきれない官僚世界の描写にあるだろう。中盤の主題は森友事件担当で自殺した近畿財務局職員の追悼であり、報道では何とも歯切れの悪かったあの悲劇、観客は高橋和也に仮託しながらやっと正当に悼むことができたのだった。これだけで本作は価値高い。

家族がいるから上司に逆らえない官僚や会社員がいる。本作を観て高を括る者は政治になどタッチしない。デモに行って写真撮られて犯罪予備軍に登録されては困ると熟知しているから。日本人は「賢い」のだ。そしてプロ市民がどうしたと正に内調発の虚構の世界に閉じこもる。政治参加は正当な権利だと判る知性のある者は、自分は参加したいのだが家族に迷惑がかかるからという自己弁護に至る。何のことはない、本作で斬られているのは彼等である。

一方の新聞記者の方は内容が薄い。漠然とではあるが他の記者から彼女が浮いているという描写があり、こういうのはリアルなんだろう。シム・ウンギョンが通夜の家族に付きまとう記者たちを批判する件がいい。こちらを突き詰めれば良かったのにと思う。

ウンギョンのアメリカ出身の境遇は大して生かされず、日本語が上手くない云い訳にしかなっていない(『金子文子と朴烈』のチェ・ヒソと比較されるタイミングも不幸)。しかし、それ以外は別に文句はなく、全体にとても昏い表情を続けるのが印象的で、ラストの曰く云い難い表情のアップと対照される脈絡のつけ方は上手いものだった。本作のオファーを断った本邦女優たちより山田五十鈴や乙羽信子に近いことは云うまでもない。

他国には幾らでもあるリアルタイムの政治劇映画。本邦で珍しく撮られた本作が、マンネリな邦画界に風穴を開けてくれたらいいのにと思う。本作も引き続き政権密着で続編が撮られるべきだ(そのつもりなのかな。そうすれば自殺した父親などの前振りもフォローできるだろう)。私的ベストショットは投身自殺する高橋和也を真上から捉えたショットと同じアングルで松坂桃李が重なる件。黒幕政治家が終盤の田中哲司の電話相手としてだけ登場する処理は『マルサの女』へのオマージュだろう。

(評価:★4)

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