[コメント] 婦系図(総集編)(1942/日)
髪結い店「上原」の看板を屋根の高さで左に移動して見せる。お蔦−山田五十鈴はまだ小娘だ(15歳ぐらいの設定だろう)。沢村貞子が髪を結う芸者の小芳−三益愛子を、お蔦はお姉さんと呼ぶ。そして、これも十代の設定だろう主税−長谷川一夫との場面のお蔦は、チカラのことをリキさんと呼ぶ。お姉さんにもらったお金(小遣い)を渡して、これで悪いことはやめてと頼むが、金を投げつける長谷川。
続いて古川緑波と小杉義男の茶屋のシーン。本作の酒井先生はロッパが演じる。酒井が博士号を辞退した話が出、芸者との関係が影響しているのか聞かれるが、否定する、といった伏線を入れている。この後の表の露天商を繋ぐショットが浮遊しているようなカメラワーク。こゝから酒井の巾着をすろうとした主税が酒井に捕まるシーンが畳み掛けられる(1962年の三隅研次版では、アバンタイトルでこれと同様の場面が描かれている)。主税は酒井の家に連れて行かれる。酒井の妻は村瀬幸子で、本総集篇の村瀬の出番はこゝだけだが、彼女の優しさがよく出ている、良いシーンなのだ。
こゝで5年後に時間が飛ぶ。5年来行方知らずになっている主税のことをずっと想っているお蔦、という山田と三益らとのクダリがあり、主税の一人前になった祝いの会。茶屋の廊下で芸妓になったお蔦との再会場面となるが、こゝ、あっという間に切られてる。ダイジェスト版の所以か。座敷での酒井の十八番の唄は「からかさ」。主税の手を握る酒井。酒井の主税に対するスキスキ光線が溢れている。それを微笑んで見る山田。
次のシーンでは飯田町で一緒に暮らし始める二人。三益や妹芸妓の山根寿子もお祝いにかけつける。本作の女中のゲンは田中筆子で、魚屋めの惣は山本礼三郎だ。彼が持ってきた鯛を見て、原作通り、主税−長谷川が「テイ」と云う。そして、本作の酒井の娘・妙子は高峰秀子だ。本作の高峰も勿論抜群に可愛い。長谷川は、酒井家には(高峰にも)お蔦−山田の存在を隠しているが、高峰は、どうも勘ずいているらしい、という描写を早い時点で織り込んでいる。
夜、長谷川が線香花火を作ったと、山田に渡す場面。火鉢の上で線香花火に火をつけ、ゲン−田中も一緒に見る綺麗な場面だが、山田は長谷川の仕事を線香花火づくりだと思いこむ。しかし明言されないが、長谷川は、火薬、あるいは爆弾を研究しているのだろう。これもある意味(きな臭いが)、原作からの大きな改変だ。原作では文学者なのだ。しかし、半年の研究を山田が風呂の焚き付けにしてしまったシーンで、叱る長谷川をクルクルと回転させてアクション繋ぎを見せる演出はマキノらしい。全編に亘ってアクション繋ぎが多いが、ちょっと被せたカッティングにするのもマキノらしさか。小津みたいな完璧なアクション繋ぎではないのだ。さて、叱られた山田が、方々探して線香花火を買って来る、という展開がいじらしい。
私はこのお話のハイライトは有名な湯島の境内の場面ではなく、酒井が主税に俺をとるか、女をとるか、と詰め寄る場面だと思っているのだが、本作のロッパのこの場面も素晴らしい。他の映画化作品と比べても一番いいんじゃないか。多分、科白も最も厳しいように思うが、感動的なまでに素晴らしい口跡だ。また、湯島の境内のシーンは、浮遊するようなカメラで長谷川と山田を捉え続けながら、白梅の木の上まで上昇移動して、今度は下降移動するシーケンスショット。撮影はこゝが白眉だろう。ただし、本作も例の舞台の名科白(「別れろ切れろは芸者の時に云う言葉〜」)はなし。湯島の後、二人が近くの蕎麦屋に入ってからのシーンが長いのは変な感じがする。
他にも、新橋駅のシーンも特筆すべきだろう。赤煉瓦の駅舎のセット(?)がまずいいし、ホームを走る山田をマキノらしいカッティングで見せるのだ。微妙に違う画角のウエストショットを連打する。あるいは、山田と三益が2人で湯島の境内へ行く場面でも、カメラワークは長谷川と山田の場面の反復をする。この後も蕎麦屋のシーンになり、字もろくに読めないし、学問もないし、半年の勉強をお風呂の焚き付けにするようなバカな女だから、死なないといけない、という論理が展開される。先の蕎麦屋の場面を削れなかったのは、このシーンがあるためかと、合点する。
本作も終盤は泣かせ過ぎだと思うのだが、しかし、病に倒れた山田が凄絶なまでに美しい。やつれているはずの終盤が、全編でも最も美しいというのはリアルではあり得ないが、これこそが映画的現実だと思う。しかし長谷川が東京に戻ってこず、ずっと山小屋で研究を続けている、というのは時局柄なのだろう。でも、エンディングの山小屋のエピソードは、一つ、いい映画的見せ場を創出していると思う。
尚、本総集篇では、妙子−高峰に横恋慕する、主税と同郷の河野とその後見人の坂田の場面は削られている(出てこない)。資料を見ると、河野は菅井一郎、坂田は進藤英太郎がやっていたようだ。
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