[コメント] 未知との遭遇(1977/米)
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黒沢清が、評論家・蓮實重彦のゼミに通っていた頃、蓮實から生徒に対し、この『未知との遭遇』を観ろという指示が出た。後日、蓮實から「何が見えましたか」と尋ねられた或る生徒が「特撮が凄かった」と返答。すると蓮實翁は「本物の円盤だったかも知れないじゃないですか。パンフレットに特撮と書いてあったからといって、映画に特撮だという事が映っていた訳ではない」。そこで黒沢監督が言った答えは、「ドアが十五回見えました」、「はい、そうですね」。
そう、この映画で何度も何度も観客の脳裏に刷り込まれる映像とは、正にこのドアの映像。開かれたドアの外から射し込む圧倒的な光こそ、‘未知’の驚異の象徴(尤も、原題は直訳すると「第三種接近遭遇」)。子どもを守る為に、必死にドアを閉じようとする母親と、ドアを開いて‘未知’に触れようとする子どもとの対比が、多分、この映画のキモだろう。スピルバーグ自身も、子どもがドアを開く場面に、未知に対して心を開く姿勢を託したのだと言っている。
ただ、この映画の中では、いい年をしたオジサンたちの方が、子ども以上に子どもらしい。それが悪い方向に向いてしまったのが、主人公の一家。すっかり宇宙人に入れ込んだパパのせいで、家庭崩壊。この辺り、後のスピルバーグ作品である『宇宙戦争』とは、キレイに対照的な印象を受ける。『宇宙戦争』では、宇宙人は完全なる侵略者であり、地球にやってきたウイルスに過ぎない。そして‘父’は、宇宙人から家族を守る為に、必死になって逃げ回る。しかもこの家庭は、母親不在。まるで、『未知との遭遇』で家族を捨てた罪滅ぼしのような映画のようにも見える。スピルバーグも年を重ねて、父親としての自覚が芽生えたんだろうか。或いは、大人になったせいで、考え方が保守的になってしまったのだと言えなくもない。もはや子供のように、未知に対して扉を開く事は出来なくなったんでしょうか。
正直、少々頭がイカれたオッサンが、家庭を顧みずに宇宙人を追っかける姿には、共感し難いものがある。この、何か強迫観念に駆られてイライライライラしている主人公の‘UFOを尋ねて三千里’の旅路に、観客として強制的に同行させられるのには、辟易した。この映画、未見の段階では、何か宇宙のロマンと愛に溢れた映画なのかしら、なんて思ってしまうけれど、基本的には政府機関の情報隠蔽工作と、家庭崩壊のドラマが延々と続いていく印象。
尤も、円盤が登場するシーンは、そうした鬱々さを吹き飛ばす爽快さがあるにはある。考えてみればこの宇宙人のやってる事もかなり勝手なんですけどね。平穏無事なニンゲンの生活を勝手にかき回すような事ばかりして。
それ以上に疑問なのは、人間の延長線上で創造された感のある、人間的な宇宙人たち。スピルバーグの余計な人の善さが出てしまった印象です。そう言えば、殆ど準主役級なくらいシッカリ出演していたトリュフォーは、彼が監督した『野生の少年』を観て感動したスピルバーグが出演依頼をしたとの事ですが、その『野生の少年』、或る時、学生たちに見せて、感想を言ってもらう機会があったとか。で、学生たちの感想は…、「無理矢理人間の世界に少年を引っ張り込もうとする姿勢に、違和感を覚えた」。これを聞いたトリュフォー、結構ショックだったらしい。この学生さんたちなら、『未知との遭遇』の宇宙人についてどう言うだろう?「侵略者として描くのでもなく、逆に神様みたいに描くのでもなく、比較的、対等の友人として描いたのは画期的だけど、人間的に描きすぎていて、‘未知’との遭遇感が薄い」なんて言いそうな気がする。少なくとも、僕はこういう感想ですけどね。
それにしてもこの映画、糸井重里の≪MOTHER≫ってゲームに決定的な影響を与えてる様子ですね。精霊との交信を思わせる、山の象徴性といい、メロディの重要性といい。
言葉が通じない相手に対して、音楽という原始的なコミュニケーション、単純なメロディの交換を試みる場面には、感動的なものがある。フランス人であるトリュフォーが通訳を通して会話するのも、宇宙人との交信の伏線みたいな意味があるんだと思う。ただ、ノリノリでセッションする宇宙人と地球人の慎みの無さには、なんか違和感が。
「未知との遭遇」感では、『2001年宇宙の旅』に軍配。スピルバーグにとって、親友キューブリックは永遠に超えられない壁なんだろうな、きっと。スピルバーグの強みであるヒューマニティが、作家性を先鋭化させる際には殆ど邪魔にしかなっていない。
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