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[コメント] クライ・マッチョ(2021/米)

彼が監督のみに徹した近作には失望することも多かったが、矢張り『運び屋』同様、出演した監督作にハズレはないのだ。
ゑぎ

 定番の決めるべきシーン、カットの演出はきっちり美しく決め、なおかつ、随所で予想を覆す、一種の脱臼ワザの演出も繰り出してくる。勿論、イーストウッドのことを全く知らない観客がこの映画を見て楽しめるかどうかは疑問だが、そんなことは想定する必要もないだろう。

 本作は、何と云っても、モテモテのイーストウッドが復活した、という点を、一番に強調すべきだと思う。こんなこと、見る前は全然予想していなかった、という部分だ。なんと本編中、二人の女性からアプローチされるのだ。一人目の女性については、その自堕落さのキャラ造型でもあるが、彼がいまだに性的対象として見られる、という描き方が実に喜ばしい。さらに、旅の途中のレストランのマルタとは、全きロマンスが描かれるのだ。『グラン・トリノ』や『運び屋』の、もう枯れてしまったようなイーストウッドこそファンタジーじゃないか。

 さて、本作は自動車の映画と云ってもいいと思うが、荒野のハイウェイを走る俯瞰ロングが何度も使われるし、馬6頭と並走する場面など、美しいカットが目白押しだ。一方、自動車をどんどん乗り換える映画でもある。アメリカからメキシコへ乗ってきたステーションワゴンが、盗まれてしまったことで、メキシコ内で3回換える(4台に乗る)。冒頭のシボレーのピックアップトラックを入れると、イーストウッドは映画中で5台の自動車に乗っており、そのいずれもが、魅力的に描かれているのだ。追っ手のアウレリオが乗ったベンツの唐突な運動(出現)の見せ方もいい。また、車の使い方、ということでは逆説的ではあるが、車の中では絶対に眠らない、という徹底も面白い。最初にハイウェイの横の荒野に毛布を敷いて寝るシーンには驚かされるし、礼拝堂で、ラフォ少年に「マリア様の前で良くない」と云われながら寝る場面も重要だろう。「神を信じるか?」と聞かれて「多分な」と答えるのだ。

 唐突ということでは、闘鶏マッチョの唐突な運動の演出も見どころになる。ラフォ少年がアウレリオに奪還されそうになったシーンでの、マッチョの攻撃と、ラフォ少年の腕にジャンプして乗る演出。その後の場面でもマッチョが活躍するのだが、本作では、悪漢を退治するのは、主に鶏である、というのも、脱臼ワザの面白さだ。アクションシーンでイーストウッドが活躍しないのは寂しいが、それはさすがに無い物ねだりというものだろう。

 また、マルタの村では、野生馬の調教と、ラフォ少年の乗馬と馬の扱いの訓練が描かれ、こゝもワタクシ的には満足感のある部分だが、イーストウッドが暴れ馬に乗るカットは、スタンドインで仕方がないと思うけれど、普通のキャンター(駈歩・かけあし)のカットがなく、常歩(なみあし)のカットしかない、というのは、もはや無理なのか?これには、ちょっと感慨深いものがあった。

 エンディングのラフォ少年、イーストウッドのそれぞれの選択については、本当は迷うところもある状況だろうが、全く逡巡を見せない、という描き方が良い点だろう。国境の米国側で待っているドワイト・ヨーカムが、ロングショットのみで示される、というのもいい。そして、ラストカットは、これはこれで映画の幸福だと思いながら、でも、久しぶりに、もう終わってしまうのか、もっとこの映画が続いて欲しい、と思わせられた。それは、まだまだ物足りない、という気持ちでもある。さらなる監督・出演作に期待したい。

(評価:★4)

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