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[コメント] スージーの真心(1919/米)

ロバート・ハロンはなぜあれほどリリアンを避けるのか。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







リリアンの元祖不思議ちゃん造形は軽い知的障碍のニュアンスがある。邦画で云えば阿呆の類型で、山田洋次(神戸浩)以外はメジャーで撮らなくなった類のキャラなのではないか。

ロバート・ハロンは「女にモテる」という注釈が入る(だからリリアンには悲恋という意味だろう)が、映画内では彼は結婚して破談になる別の娘ベッティーナクラリン・セイモアーとの関係が描かれるだけで、郵便箱開けたらラブレターが雪崩を打って落ちるみたいな描写はなく、別にモテて困っている訳でもない。だからリリアンとの関係は不思議に思われる。

ハロンは別れの挨拶にリリアンの叔母ロヨラ・オコナーにはキスしてもリリアンにはしない。映画は、するべきキスをハロンはしていない、という意味を強調している。これは、我らがスージーが可哀想、という以上の拒絶が感じられる。何か病気にうつるから避けているように見えるのだ。イニシャルを並べて樹木に彫り付けるような仲なのに慣例の挨拶をしないのはバランスが悪い関係だろう。ただ、挨拶のキスのニュアンスは非欧米人には図り難いものがあるから私が間違っているのかも知れないが。

リリアンの造形は抜群だ。ハロンに小股でチョコチョコついてまわり、三歩に一歩足を横に投げ出す。ボーとした表情、上目遣い。唇の真ん中にだけ円形に口紅を塗るのは道化のようだ。当時全盛のスラップスティックコメディの影響があるだろう。「妹」の牝牛デイジーを売り、別れを惜しんで首に抱きつくショット(ポスターにもなっている)は『キートンの西部成金』(1925)が想起されるがこちらが先。「うすらバカ」の造形を施してキートンの同時代と見ればとてもよく判る。

リリアンは未来の夫に大学に行ってほしいからと飼っている牛を売って内緒で資金を寄贈する。最後にこれが知れてハロンはリリアンを受け入れるのだが、これでは愛情ではなく恩義で受け入れたように見える。もし本作を恋愛映画としては詰まらない展開だ。しかし、これが主眼なのかも知れないと、時が経つと思えてくる。ハロンは最後までリリアンに愛情を持たなかったのではないか。そう考えると複雑な話になる。

リリアンはこの年27歳。1912年に19歳でアバズレを演じ(『男性』)、本作の翌1920年には『亭主改造』を監督している。だからネットで散見される素の演技という評は無茶だが、そう男性客に云わせてしまう名演と云うべきなのだろう。彼のライバルとの抱擁を見て戸惑い顔を曇らせるバストショット。涙ぐみ笑い、神経質に団扇を使う。ただのツンデレ娘から突然に変身して情感が溢れる。ここが美しい。『東への道』が想起される。そしてハロンのライバルとの結婚式で倒れる。

ハロンは大学で貧乏生活をし、拳作って決闘している。20年代のコメディで盛況になる大学ものの先鞭をつけている。オヅのキャンパスものへも影響を与えたのだろう。そんな学生生活で卒業して牧師、というのはギャグなのだろうか。ライバルのベッティーナは、相手は田舎牧師だけど仕事が辛いから結婚すると云っている。

都市の享楽と田舎の質実剛健との対比は教科書的にハリウッド20年代の一大テーマで、本作も典型作。ダンスホールでブランドニューダンスが紹介され、リリアンが「厚化粧軍団」との対決を決意して化粧を始めると、叔母は「神様のつくった顔に白粉を塗るとは」と怒っている(!)。私は化粧する女性を怒る人を初めて見た。

結末部分、ライバルが馬脚を現すのはいかにも蛇足だが、描写は充実している。リリアンが道端でハロンからの手紙を焼こうとしているとハロンが通りかかり、すでに結婚生活に苦しんでいるハロンが、それを別の男からのラブレターと勘違いして「君も結婚するんだね」と憂鬱そうに呟く件が複雑な不幸の巡り合わせを示して上手い。ここに至ってもハロンはリリアンの愛情を知らないのだった。ライバルは夜な夜なパーティに家を逃げ出し、フォロー・ザ・リーダーという王様クイズみたいなゲームをしている。

いろいろあって最後はついにふたりは結ばれ、ふたりのキスで終わる。「実らぬ愛を持つ女性に捧げる」と冒頭に字幕。こういう蛇足の注釈はこの時代の典型で、実らぬ愛のまま終わらせた方が物語の純度は高かっただろう。しかし知的障碍の裏主題を想えば、未来へ向けての危うさが思われ、この収束はハッピーエンドには見えないのだった。

(評価:★5)

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