[コメント] 花ちりぬ(1938/日)
前半は、座敷に男の客がいるが、オフ(画面外)の声のみで処理される。あるいは、中盤の、店の表で長州藩士が木戸を叩く場面や、幕府方(新選組?)に斬られる様子もオフの音だけで想像させる演出だ。
クレジットバックは、水槽の金魚。これは明らかに廓の女たちの隠喩だろう。主人公は、この茶屋の娘−花井蘭子だ。その母(女将)は三條利喜江。花井は、大きな料亭の若旦那に見染められているようだが、以前、客で来た長州藩士との約束が忘れられない。手紙(巻き物)を読む花井。読み方で、もう何度も何度も読んでいる感じが伝わってくる。
序盤の、いつも通りの夜の茶屋の描写では、5人ぐらいの若い芸妓が走り回り、ふざけ合うシーンが楽しい。花井の身の回りの世話や女中働きをする女、ミヤコ−林喜美子の存在も感慨深い。自分の意志で芸妓にならないという選択をしている風な会話がある。本作の林喜美子も、不美人だから、華やかな仕事には就かない、という扱いなのだ。
その他の芸妓の描写では、仲のいい若い芸妓2人が一緒に線香花火で遊ぶ場面が美しい。この二人は恋人同士に見えるし、周りもそう見なしているようだ。また、江戸から流れて来た種八−水上玲子と、春栄−江島瑠美が男を取り合って喧嘩するシーンの迫力も特筆すべきだろう。
さて、戦の勃発と、祇園も戦火から逃れられないという状況になっていく緊迫感の醸成も、見事なもので、例えば、花井が二階への階段を駆け上がり、屋根の上の物干し台への梯子も駆け上がる、といった動的な演出が効果的に使われる。あるいは、花井へのドリーでの寄りと、アップ挿入のタイミングもバッチリ決まる。終盤は、芸妓たちも皆、避難(疎開)するための荷物作りを始めるが、この間も、他の置屋の女たちが何人も出入りする。混乱に乗じて足抜きしたと思っていた種八−水上が忽然と現れたり。このあたりの、人物の出入りのコントロールも、とても見応えがあるのだ。
そして、皆、避難した後、一人屋根の上の物干し台へ登った花井。屋根屋根の向こうの遠いところに、火と煙が見える。伏見の方か。大砲の音と共に、ずっと半鐘が鳴っているが、心なしかその音は段々と早く、大きくなっているように聞こえる。この場面の無常感。佇む花井の後ろ姿へ、ゆっくりとドリーで寄って行くショット。惚れ惚れする。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。