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[コメント] 香川1区(2021/日)

スーツ姿の“集められた男たち”はみな手持ち無沙汰で、遠巻きに候補者を取り巻き演説が終わるのを無表情に待つ。方や、普段着姿で三々五々“集まった老若男女”の表情はどこかで柔和で、候補者にうながされればマイクを手にして発言すらする。なんと好対照なこと。
ぽんしゅう

カメラが写し撮ったそんな平井卓也と小川淳也の街頭演説風景に香川1区の“実情と戦況”が、ひいては二人の“人がら”が凝縮されている。

与党も野党も、いかにも“らしい”選挙戦のなか、相かわらず良くも悪くも小川淳也らしい生真面目なエピソード(農業政策と家庭菜園の大根!)の数々が、頼もしいというか、微笑ましいというか、頼りないというか・・・その言動に、うなづきつつも苦笑を繰り返す。

そんななかカメラが捉えた三者三様の“怒り”が印象に残った。

平井との一騎打ちのはずが、第三の立候補者の登場に浮足立った小川は、焦りと憤りが入り混じったような行動に打って出て物議を醸す。その暴走ぶりを周りからとがめられ、めずらしく小川は「俺の信念」を理屈でこね繰り回して正論にならない正論で自分を正当化しようとする。そんな無理筋の抗弁など暖簾に腕押しで受け流し、飄々とニヤケ顔で諌めるベテランジャーナリスト(田崎史郎)に向かって小川は冷静さを失い怒りを爆発させる。まあ、青いこと。

一方、公示前に余裕を見せて平井卓也は大島新監督のインタビューを受ける。そのぶっきら棒な応対ぶりに「インタビュー断ったらお前ら何を言い出すかわからんからな」という小心者の本音が透ける。案の定、選挙戦の情勢悪化を察した平井は街頭演説でひたすら即物的な実績を連呼し、返す刀で感情的で些末な小川批判を始める始末。あげく怒りをこらえきれずカメラに向かて(睨んで)私は“小川のPR映画”になぞ負けないと叫ぶ。まあ、小さいこと。

そして自作を「PR映画」呼ばわりされた大島新は怒り心頭。移動中の平井に向かって猛然と抗議を試みるが無視される。そのシーン以降、意識してかせずかは分からぬが大島の視点が明らかに変ったように見えた。流れは小川の動向から離れ、長年に渡る組織的な自民党(平井陣営)の選挙戦術の疑惑へ向けられる。とはいえ大島新は(父親、渚に似ず)温厚で、まあこれぐらいにしてやろうとばかり平井批判はほどほどに映画を本筋に戻す。なかなか、冷静なこと。

怒りであれ、喜びであれ、悲しみであれ、人の素直な感情が写し撮られたドキュメンタリーは面白い。だから映画の終盤に小川の長女が“負け続けた父”と“まんざらでもない世間”に寄せて流す涙もまた美しい。平素ならベタに感じる怒りや喜びも、本気のベタならベタではなくなるのだ。そんなコインの表裏のような本気の怒りと喜びが、選挙という祭りのような非日常的な日々に顔を出す。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ペンクロフ[*] jollyjoker[*]

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