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[コメント] あなたの顔の前に(2021/韓国)

米国から一時帰国している女性サンオク−イ・ヘヨンの、ある早朝のシーンで始まり、翌日の早朝までの丸一日のお話。
ゑぎ

 サンオクは、妹ジョンオク−チョ・ユニの家に逗留している。冒頭から、神様への感謝と祈りの「心の声モノローグ」がオフで入るのだが、以降何度も繰り返えされる。

 相変わらず本作でもズームの使用が頻出するが、矢張り、以前のようなヘンテコズームは一切無く、ごく常識的な使い方に終始している。例えば、前半、サンオクと妹のジョンオクが、二人で公園のツツジの横を散歩している際に、通りがかった女性(お馴染みのソ・ヨンファ)に写真を撮ってもらう(スマホカメラのシャッターを押してもらう)場面がある。サンオクがかつて女優だったことが分かるシーンでもあるが、この後、ジョンオクが花に蜂がいる、と指摘する。こゝで、私はてっきり、蜂にズームイン(ヘンテコズーム)すると思ったのだが、やらないのだ(カメラは画面隅に小さく蜂を捉えている)。以前なら絶対にズームインしたと思うのだが。

 また、当然のように、人物の会話シーンなどでも、長回しで切り返しを行わない画面造型が選択されているのだが、例えば、中盤、サンオクが、子供の頃住んでいた家を訪ねるシーン(今は花屋になっている)。こゝで出て来る花屋の店主は、『はちどり』で漢文塾の先生をやっていた、キム・セビョクなのだが、切り返しが無いので、顔がほとんど映らない。さらに、このキム・セビョクの娘という設定と思うが、小さな女の子も出て来るが、この子の場合は全く顔が映らないのだ。サンオクとハグするシーンも、女の子を切り返さないので、背中が映っているだけだ。これは、ある意味とても厳しい演出だろう。主要人物以外の顔は、まるで隠蔽されているかのように感じられるのだ。尚、場面は前後するが、印象的なハグのシーンは、もう一つあって、サンオクと妹ジョンオクの息子−シン・ソクホが、路上でハグする場面もある。ちなみに、ジョンオク役のチョ・ユニとシン・ソクホの二人は前作『イントロダクション』でも母子を演じていたので、前作は本作の序章だったのかも、と思わせるようにワザとキャスティングしているのだと思う。

 そして、終盤は、サンオクと映画監督−クォン・ヘヒョとの会合シーンになる。場所は「小説」という名前の居酒屋。最初は助監督も一緒だが、途中で監督の指示で事務所に戻るので、ずっと店に二人きりになる(店の人もいないのだ)。この後の会話および展開の詳述は避けるが、こゝ「小説」における場面からが、本作のハイライト、と云っていいだろう。なんという濃密な時間が描かれていることか。実を云うと、私には、何が本当で何がウソか分からないのだが(例えば「私と寝たいのね」「はい」という会話。他にもいろいろ)、この二人のやりとりには、人の心の深淵を感じさせるものがある。また、店をあとにする際の、雨の路地のショットや、翌朝のシーン含めて、とても味わい深いのだ。本作は、ホン・サンスの近作の中でも、最もいいと思う。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ジェリー けにろん[*]

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