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[コメント] 毒薬(1952/仏)

冒頭、サッシャ・ギトリミシェル・シモンに対して感謝の手紙(賛辞)のようなものを贈る場面があり、以降、主要な出演者やスタフを1人1人紹介するという『とらんぷ譚』と同じような趣向の始まりだ。
ゑぎ

 町の広場の小さな花屋さん。これまた小さな黒板に10月8日月曜日と書かれている。殺人事件は10月11日の夜。この黒板を10日迄、毎日見せる。本作は、シモンが長年連れ添った悪妻を殺そうとする映画。というか、お互いに殺そうとするお話で、タイトルの「毒薬」は妻側が用意したものだ。シモンが使うのはナイフ。

 少し早めに書いておくが、シモンの妻は大酒飲みの醜女で、徹底的に酷い女として扱われており、殺されてもやむなし、というスタンスで描かれている。実を云うと、私は少々心がざわついたのだ。妻がこうなったことに、シモンも幾ばくかの責任があるだろう、なんてつまらない、映画的で無いことを考えてしまった。逆に云うと、本作の徹底したアンモラルな姿勢は、映画的だとも思う。

 さて、プロットの肝はいくつかあるが、一つは、シモンが事前に弁護士に相談したことだ。勿論、殺人計画を相談するワケにはいかないので、妻を殺して来た、と嘘をついて相談する。こゝのやりとりも非常に面白い。この会話の中から、毒殺は計画的犯行になるので、刺殺がいいとか、正当防衛を主張できるよう、妻が鍋を投げつけたことにすべきだとか、とてもためになる事前知識を得ることができたのだ。あと、もう一つのポイントは、シモンも全く予想していなかった、妻が事前に毒薬(殺鼠剤)を入手し、ワイングラスに入れていたことだ。運が悪ければ、シモンが先にワインを飲み、死んでいたかもしれなかったが、幸運なことに、彼のナイフの一突きの方が早かった、という展開だ。

 最も可笑しかったのは、シモンが弁護士事務所から帰宅した際、家に入ると、妻が床にぶっ倒れている場面。泥酔して寝ているだけなのだが、一瞬、弁護士に妻を殺して来た、と云ったのは本当かと思わせる。あと、妻に殺鼠剤を売った薬剤師が、事件直後の現場に来て、何も知らずシモンのワインを飲んでしまう場面。

 さてさて、後半は主にシモンの公判の場面と、広場の花屋のオバサン−ジャンヌ・フュジエ=ジールと子供たちが、殺人事件に関してウワサをしたり、殺人事件ごっこをしたりする場面を、クロスカッティングで繋いでいる。前半にもあったが、特に後半は、短いカットのワンシーンワンカット演出が多い。その際、様々な凝ったワイプ繋ぎも駆使されるのだが、とてもリズムが良くなるのだ。

 裁判中にも、バンバン喋るシモン、もう彼の独壇場だ。鍋を投げつけられた、という捏造した正当防衛の話もどこかへ行き、彼が予期していなかった妻側の毒殺計画で、彼の正当防衛を認めることができるか、という一点が争われる。自分が先にやらなかったら、妻がこゝにいただろう、と。全く反省や改悛の色を見せないシモン。これが肯定されるのか。帰結は一応書かないが、なんという図太さ。私が見たギトリの中でも、プロットの面白さということでは、本作が一番だ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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