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[コメント] バカ塗りの娘(2023/日)

満開の桜に始まり迷いの晩夏を過ごし、決意の末に積雪のなか忘我の時を経て新たな春を迎える美也子(堀田真由)の物語。移ろう工房、生活空間、町のたたずまい、廃校をめぐる光のコントロールが見事。家族の大事をことさら「事件」に仕立てない慎ましさも好印象。
ぽんしゅう

素晴らしい場面がさりげなく続くのですが、特に印象に残ったシーンを二つ記します。

父と娘が工房で漆塗りに没頭するシーン。朱色がかった光線のもと、削る、塗る、磨く、そんなストイックな作業音がその場の空気を引き締め心地よい緊張感が充満する。父と娘はときおり互いの手元に目をやりつつ黙々と漆器に向かう。後光が射すようなその姿には神々しさが漂う。これは『ケイコ目を澄ませて』の練習シーンを支配していた無我の没入感と同じだと思いながら観ていた。

もう一つはシーンというよりは「家族」に対する節度を持った距離の取り方。家業の象徴である父(小林薫)のもとに留まりたい娘(堀田真由)と離れたい息子(坂東龍汰)の関係に、異質なひとり(宮田俊哉)が加わり、血統がひとり(坂本長利)が去り、距離を取ったひとり(片岡礼子)が戻ってくるさまが、当然の「なりゆき」として描かれる。小さかった頃の息子や娘の写真を見ながら父が微笑むシーンが好い。そこに漂うのは感傷的な抒情などなく「なりゆき」としての過去から今へと至る家族の無常だ。無常とはと留まらないということであり「次」の存在の示唆なのだ。

35歳、鶴岡慧子監督の才気に次世代を先導するべく可能性を感じた。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ゑぎ[*]

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