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[コメント] 悪は存在しない(2023/日)

やはり、強いシーンが目白押しで、瞠目しながら見続ける。全編、高い緊張感が持続する。少し例を挙げよう。
ゑぎ

 序盤で不穏な空気、不安感を醸成する部分。チェーンソー(音がでかい)。薪割りをするタクミ−大美賀均の長回し中、四等分した丸太の瓦解に不吉なものを感じる。そして、水汲み作業中の銃声。最近、忘れていることが多いと三浦博之(あとで近所のうどん屋さんと分かる)から指摘されるタクミ。冒頭の松林(マツとカラマツが多い林)の仰角移動や、車載カメラから撮影した画面も不安感を増幅するだろう。

 あるいは、真に瞠目するショット。林の中、一人歩くタクミを右から左へ横移動で見せるショットの途中、土手のような遮蔽物を挟んで、ハナ−西川玲と2人になっている長回し。このショットが、山鳥の羽と鹿の水飲み場という重要アイテムを導く。あと、タクミとグランピング開発事業者(実は芸能事務所)の高橋−小坂竜士、黛−渋谷采郁の3人が、三浦と菊池葉月(この2人は『ハッピーアワー』のメンバー)の経営する、うどん屋で食事をする場面。3人の会話の繋ぎを、イマジナリーライン越えの切り返しと、イマジナリーライン上での切り返し(正面バストショットの切り返し)で見せるスリリングな画面造型。

 また、強い画面というよりは、唸るような上手い見せ方、と云ったほうがいいと思うが、例えば、高橋と黛が長野へ向かう車中の会話シーン。最初は後部座席からの背面の切り返しで繋いでいるのだが、高橋のスマホアプリの通知音がオフで聞こえ、唐突に2人笑い出すという芸の細かい(しかし、とてもキャッチする)ギアシフトを挟んで、後部からのツーショットになるといった演出。他にも、ウコギの木のトゲに付いた血液のショット。これを先に見せてから、誰の血液かを後に見せる順番。

 といったストロングポイントは多々あるけれど(他にも沢山あるだろう)、実は私には期待に違う部分もいくつかあって、それも書いておきます。まずは、グランピング事業に関わる部分は全般にとってつけたように感じた。多くの人は、こゝが面白い、と感じるのかも知れないが、具体的に云うと、説明会の場面はまだしも(会話劇としての明晰さが良くもあり、突出し過ぎの感もある)、東京の場面、社長−長尾卓磨とコンサル−宮田佳典が加わったリモート会議の部分は、テレビドラマを見せられているようで、随分と通俗的な場面だと感じた。このシーケンスはそっくり削った方が良いと思うぐらいだし、ざっくりと云って、本作の瞠目する部分は自然の中で撮影された場面ばかりだというのが私の感覚だ。

 あと、これも私としては大きいのだが、タクミとハナと共に写真に映っている女性の存在だ。いつものように(『PASSION』『ハッピーアワー』『寝ても覚めても』『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』といった過去作と同じように)、この女性が不在の人物として(いや不在の人物なのに)、映画全体を支配するぐらいの存在感を表わすことを期待してしまったのだ。もっとも、終盤は別のかたちで不在者が描かれる、とも云えるのだが、こゝは、単純に、その名前を皆が大声で呼びかけながら捜索する、という点で清水宏(『風の中の子供』や『信子』)を想起した。尚、終盤のタクミの振る舞いは、ある種のコントみたいなものだと私は思う。タイトルやテーマ性にこだわらず、画面の強さ、見せ方の上手さに着目すれば、本作も頭抜けている。世界レベルだと思う。

(評価:★4)

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