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[コメント] 一本刀土俵入(1957/日)

原作戯曲は6回映画化されているようだが、私は本作が初見です。原作は学生の頃に読んだ記憶があるのだけれど(長谷川伸の代表作は、ほゞ読んだつもりです)、本作を見た後、再読した。その上で、感想を記述します。
ゑぎ

 利根川の土手近く、子守りをする少女−上野明美のショット。取手宿の道標が見える。続いて土手下の川べりで、腹ばいになって川の水を飲む男。これが加東大介で主人公の茂兵衛だ。面白い登場シーン。「この川の水は汚いよ」と子守りの少女が声をかける。口元に草切れをつけている加東。江戸の千住までは8里と少女が云う。この開巻場面は原作にはない、本作の追加部分だ。

 続いて、取手の宿場、茶屋旅籠での場面となる。ヤクザの弥八−田崎潤の大暴れ、旅籠の2階の窓にヒロイン・お蔦−越路吹雪の登場、田崎と加東との対決、酌婦の越路と、取的(とりてき−見習い力士)の加東、2人の身の上話といったプロットをテンポ良く運ぶのだ。こゝは何と云ってもマキノ特有の女優ディレクションが炸裂し、越路の酔った感じが粋なこと粋なこと。正直、この人は、現代劇よりも時代劇の方がずっと美しく見えると思ったぐらいだ。

 この場面、戯曲では、お蔦−越路はずっと2階の窓にいるのだが、マキノの演出は、1階に降ろして加東と会話させ、再度2階の窓に登場させるというように、高低の感覚を強調する。また、越路や子守り少女が唄う歌(お蔦の故郷の民謡、越中おわら節)の扱いは、終盤での活用含めて、原作戯曲以上に劇的な使い方になっていることを指摘しておきたい。この後、仕返しに来た田崎や弟分(堺左千夫山本廉森健二)との利根川の土手でのコメディパートがあり、こゝまでが、本編の3分の1強。この序盤、特に越路と加東とのやりとり以降は、やゝノンビリしているようにも感じた。

 こゝで「10年後」というインタータイトル。本作で描かれる時間軸は、序盤の1日(というか数時間)と、その10年後の1日(というか半日ぐらい)、という約2日の出来事だ。

 第二幕と云っていい10年後は、神社の祭りのシーケンスで始まる。こゝはタイヘンなモブシーンで、短い尺ながらとても贅沢な画面造型。これも、あゝマキノだと思わせられる。またこのシーケンスも戯曲では割愛されている本作追加部分だ。こゝで、八百長をして追われることになる辰三郎−田中春男や、胴元側の根吉−藤木悠らが登場し、弥八−田崎も出世して親分(賭場の胴元とは別のシマの親分)になっていることが示される。いやそれ以上に重要なのは、加東再登場の唐突な見せ方だ。逃げた田中と間違われるのだが、10年経ってヤクザ者となった加東の変貌ぶりの見せ方が鮮やかだ。この辺りも戯曲を膨らませた演出になっている。

 そして、10年後の取手宿。荒廃した茶屋旅籠の美術がまたいい(ちょっとやり過ぎの感もするが)。飲み屋でお蔦−越路の消息を聞く加東の場面も戯曲改変部分だ(戯曲では利根川沿い、柏の布施あたりで船頭に聞く)。こゝで出て来る三味線を持った酌婦−中田康子も良い雰囲気で、この人はこういう役がよく合っている(この役柄も本作の追加キャラ)。彼女も越中おわら節を口ずさむのだ。大詰めはお蔦−越路の家のシーンだが、仔細は省くが、こゝに、田中を追ったヤクザたち、田中本人、さらに加東が立て続けにやって来るという畳みかけの作劇となる。この中で、越路を何度かクルリと振り返らせる回転運動の演出をつけるのがマキノらしい。田中春男が完全な二枚目役であることも意外性がある(タマにあるけれど)。ラストショットの簡潔さ、これも思いの外ロングショットであるのがいい(原作戯曲では、この四股の演出も異なったト書きになっている)。

#備忘でその他の配役等を記述します。

・取手の茶屋旅籠の料理人に本郷秀雄。暴れる田崎を取り押さえるのは小杉義男

・藤木悠の親分は尾上九朗右衛門、藤木の他に若宮忠三郎谷晃らが子分。

・加東−茂兵衛がお蔦の消息を聞く老人は横山運平

・繰り返し唄われる「越中おわら節」の歌詞は「浮いたか瓢箪、軽そに流れる。行く先や知らねど、あの身になりたい」。これも戯曲とは異なる。

(評価:★3)

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