[コメント] マリヤのお雪(1935/日)
原作は川口松太郎による新派の戯曲らしいが、モーパッサン「脂肪の塊」を翻案したもので、出自をたどれば、そう『駅馬車』と同じ原案を持つ作品ということになる。舞台は西南の役を背景にした熊本に移し変えられているが、プロット構成はかなり(『駅馬車』に比べてもずっと)モーパッサンに近い。それは、乗合馬車を使ったグランドホテル形式の側面と、商売女(本作では酌婦)に対する徹底的な職業差別が描かれているということだ。
序盤は戦火の迫る熊本の町−人吉。家屋の爆破シーンから始まる。進軍してきた官軍の兵士たちと、取り残された町の人たち。画面奥に逃げる男や兵士を画面手前に大きく映したショット。これなんか、時代が下れば、絶対にパンフォーカスだ。酌婦でタイトルロール−お雪が当時18歳の山田五十鈴。その相棒のような、おきんは25歳の原駒子。町の有力者だろう(町会議員か。中盤で区長代理と云う)芝田新と妻−梅村蓉子の家が官軍の詰所になっており、2階で議論する幹部らからティルトダウンとパンをして、階下の座敷に集まっている人々−穀物店の親娘や酒屋の夫婦を映すショットも、奥行きが意識されたショットだろう。彼らが馬車に乗り出発するが、馬車には酌婦2人も乗っており、彼女らは早々に罵られる。この酌婦を蔑む側の面々では、何と云っても梅村のイヤらしさがいい。
また、最初に爆破シーンがあるというのもそうだが、本作には溝口にしては珍しいと感じるアクション場面がある。爆弾が炸裂する中を走る騎馬兵士のショット。馬車が走るシルエットのロングショットはハリウッド映画みたい。あるいは、馬車の車輪が壊れて、一行が待機する場面にクロスカッティングされる、斜面の森での銃撃シーンなんかにも驚かされる。俯瞰で僧侶に化けた西郷軍の中野英治を映し、斜面下の開けた土地に官軍騎兵が見えるショットはやはり縦への志向が良く分かる演出だ。
そして本作クライマックスの第一は中野と乗合馬車の一行が官軍に捕らえられた後、官軍隊長の夏川大二郎と、原、山田の順番で対決するシーケンスだろう。画面外の銃声を聞き「サンタマリヤ、アーメン」と小さく呟く山田。穀物店の娘ちえ−歌川絹枝を人身御供に差し出すように云う夏川と、その代わりと身を差し出す原。この原と夏川の場面では、2人を映したツーショットの切り返しがあるのだが、原の次に夏川の部屋に入った山田のシーンで、全編で最初の一人ずつを映した真正の切り返しが出現する。ラッパと太鼓の音が聞こえる中、画面奥2階の欄干にいる山田に階下の夏川がかける科白「進軍ラッパがもう10分遅ければ、俺たちはまた別の運命を持っていたかもしれない…」。縦構図としてもこゝが一番だろう。
尚、山田と原が、薩軍に奪還された人吉に戻ってからのシーケンスも悪くはないが、さらに芝居がかった場面になる。エンディングの劇伴で、グノーのアベマリアが流れるのは感動的だが、一方、画面の厳しさに比べて劇伴としては甘すぎると思ってしまった。
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