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[コメント] 2001年宇宙の旅(1968/米=英)

クライマックスに爺さんがグラス落として割れる音、続いて椅子を引き摺る音。突然にインサートされる生活音が実に生々しく、上質のユーモアを感じる。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







人類の進化が地球外の何者かに司られている、という話はクラークの傑作「幼年期の終わり」そのまま、というか二番煎じ。物語は道具による人類進化の最初と最後が描かれるのだろう。最初は猿の武器であり(エンゲルス「猿が人間になるについての労働の役割」みたいな認識)、最後は俗謡歌いながら果てるHAL。終盤、道具を卒業した人間は何処へ行くか。そこはもう理性を越えた世界。キューブリックもクラークもそれを知っている訳はなくハッタリ感満載。初期サイレントの実験作の手法が採用され(デュシャンの『アトミック・シネマ』とか)、68年らしいサイケでやたら盛り上げる。大風呂敷広げるだけで畳む必要がない(だって理性はないんだもの)という映画は稀で、この収束なき収束に持っていった組み立てこそ立派である。

HALが搭乗員をなぜ裏切るのかは、もうひとつ得心がいかない。木星へ行く目的への疑念を表明してから、アンテナが壊れたという嘘をつくのだが、HALは件の目的は知っていたと後に明かされる。HALは自分だけで謎に挑もうとした、ということなのだろうか。ここが解りにくいのは失点と思う。ただ大筋では、当てにならない道具の臨界点は的確に示されている。それは人間に似すぎたからだ、というイロニー。だから人間自体が超えられねばならなかった。

最初の猿軍団がいい。夕陽背にして洞穴に佇んだりして、なんか寂しげな乱暴者たちで、一皮剥けば人間の家族もああだよなというリアルがある。宇宙船に強行帰還するとき(やむを得ずなのだけど)救助した副官を宇宙に棄ててしまうショットは実に無情。本作、超人というフレーズに引っかけただけでツァラトゥストラは何の関係もないが、このシーンのアンチヒューマニズムにはニーチェ(ギリシャ悲劇)が顔を出す。

船員が無口なのは反ハリウッドで、無音の世界との親和性があり超然としていて好ましい。映像のギミックの愉しさは無類。無重力トイレだけは説明書きだけで示すようなユーモアも愉しい。とてもタケミツっぽい音楽も素晴らしいが、終わってから「美しき青きドナウ」が鳴り響くのは、更新された人類という主題に噛み合わす、何かからかっている感じが残る。『時計じかけ』の「雨に唄えば」みたいなものだろう。とんだ皮肉屋親爺である。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)jollyjoker 3819695[*] けにろん[*] おーい粗茶[*] DSCH[*] ぽんしゅう[*]

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