[コメント] 雁(1953/日)
見終わった後、原作からの脚色部分を知りたいという不純な動機から、森鴎外の原作を読み直してみた。(青空文庫版をダウンロードし、スマホで読む)。
映画版の一番大きな改変部分は、まず、最後の日のお玉(高峰秀子)について、より濃密に描いている点をあげるべきだろう。不忍池辺りまで、岡田(芥川比呂志)を追ってくる、岡田の友人・宇野重吉と会話する、馬車での出発を陰から見る、等の追加だ。ただし、その代わり、原作にある、岡田が不忍池の雁に石を投げて、図らずも命中してしまう、雁を捕獲し、コートに隠して持ち去る、といった部分が削られている。つまり、雁の象徴性は、映画ではほゞ失われているのだ。
また、高利貸しの妾で蔑まれる描写は、映画の方が強い。さらに、これが最も重要かも知れないが、お玉の変貌、末造(東野英治郎)に対する図太さは、高峰の方が際立っている。末造についても、映画は、千葉出張で不在になるだけで終わらさずに、フェイントで帰宅させ、高峰との対決の見せ場を作っている。
あと、本作(映画)のある意味最も驚かされる部分として、夜帰って来た東野を問い詰める妻・浦辺粂子のシーケンスを上げることができるだろう。難詰した後、結局和解して二人蚊帳の中で寝ることになるが、こゝで、浦辺の寝間着がはだけ、乳房と乳首が見えるのだ。実は、これは、きっと原作でも表現されているのだろうと思った。これを一番確かめたくて、原作を読み直したと云っても良い。はたして、原作のこのシーンにも、映画の浦辺と同じではないが、妻の乳房についての描写は存在した。ただし、大きい乳房が水落(みずおち)の辺りに押し付けられるのを感じた、といったレベルの表現だが、豊田四郎も、なんとか乳房を画面に定着したかったのだろう、そして浦辺を説得したのだろうと思う。
画面造型では、高峰が同じ傘をさした浦辺と、無縁坂をすれ違うシーンが見事な演出だ。またこの傘がキャッチーな傘なのだ。そして、妾宅の玄関につけた鈴の音が効果的に使われ、強烈に印象に残る。音の使い方では、ラストの馬車の、馬蹄の音と鈴の音も。
#備忘で、少しだけ配役等を書き留める。
冒頭しか登場しないが、高峰とその父を半ば騙して東野の妾に周旋する婆さんの役を、大好きな飯田蝶子がやっている。珍しい悪役。妾宅の女中・お梅は小田切みき。いつも何か口に入れている。隣人に三宅邦子。裁縫のお師匠さん。三宅は高峰の味方になる。
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