[コメント] 地獄の黙示録(1979/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
この映画以降のアメリカ映画を映画とは言わない、というエポックメーキングシネマ。
物語は「王国と追放」の過程として展開する、ただし、主人公(?)であるウィラードマーティン・シーンが王を追放するまでのロードムービーである。凄い!
ジャングルの奥地へと進んでいく最中に、主人公は戦略も戦術もなく作戦行動のみで徘徊する偽軍隊の同胞達を見る。もちろん、指揮官はどこを探してもいるはずもない。例外的に指揮官が提示されるが、それは狂人たるキルゴア中佐ロバート・デュバルである。しょせん軍隊組織ではないから当然であろう。
堕落した軍隊がベトナムを征服できるはずもない環境で、ベトナムを支配している唯一の組織がカーツ王国なのだ。カーツ大佐マーロン・ブランドが実現したカーツ王国の王(もちろんカーツ大佐である)を殺し、王国を崩壊に導いた主人公は、王国を継承するために、王を殺したことを王子に告げに一度故郷に戻る場面で、この物語は終結する。凄い!
映画では述べられていないが、王国を継承するために、ベトナムに戻る主人公は、やはり王国を継ぐことはできないであろう。時代は変わり、民衆の要望は変わるのである。残念ながら、芸は一代、あらゆる場面において継承は不可能なのだ。この点において、主人公はカーツ大佐であり、王国を新王に継承させることがきない旧王の物語とも言える。クレジットとしてはね。
最後に、実はこの映画は幻想物語ではない。最高に凄い!
この映画をつくるために、フランシス・F・コッポラは私財を擲って製作監督を担当して、収益的には大成功を収める。リスクの多い映画を成功させた事実が、逆説的にアメリカ映画界において製作監督は多大なリスクを伴うという現実を露呈させてしまう。以後、リスクを背負う度量を有した製作監督はいなくなり、過去脈々と続いてきた映画という概念に従って、映画を製作する術が継承されなくなってしまった・・・。映画製作の場面でも継承は不可能である。
アメリカの映画監督達よ!ナパーム弾のようにハリウッドの現状を薙ぎ払え。
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