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[コメント] 渚のシンドバッド(1995/日)

「ひとりをちゃんと好きになること」と「みんなに優しくあること」(レビューは後半部分の展開に言及、橋口亮輔作品の『二十才の微熱』と『ハッシュ!』の内容にも言及)
グラント・リー・バッファロー

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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橋口亮輔の前作『二十才の微熱』(以下、「前作」と記す)ときわめて類似したテーマを扱った作品であり、続編といってもよいのではないか。それは、前作の主人公袴田吉彦が体育教師(職業からいっても彼のその後のように思える)としてカメオ出演し、彼が石灰をもってくるよう本作の主人公たちに命じること=高校生たちへのテーマのバトンタッチ、という視覚的な表現が為されていることからもうかがえる。

極めて類似しているわけだが、私は前作よりも続編である本作を評価したい。前作では息苦しさや刹那さが先走ってしまうのに対して、本作ではそうしたものを受け継ぎつつもあのカルそうな友人(カルいばかりでないところも後のシーンで描写されていくが)の存在などの一種の「軽み」や、レールを抜けたあとの海辺の町に象徴される「開放感」(前作において「レールの向こう」は窮屈なホテルの一室だった)がいいアクセントになったのだと思う。そこが入るだけで印象は爽やかなものになるし、それでむしろテーマの部分が締まっていく。

橋口の次回作にあたる『ハッシュ!』や、他の方の三作品それぞれのレビューでのやり取りを通して、橋口亮輔作品に流れる一つのテーマを強く意識するに至った。それは、偽りのない本当で真剣な自分と他者との関係の希求、乱暴に言い換えるなら「みんなに優しくあること」ではないかと思う。周りとの人間関係や圧力に疲れきって自閉を選び孤独に苛まれる個人を、包み込むような形でそれが三作品いずれにもおいて提示される。前作では「人間っていいな」の歌であるし、本作ではあの海辺での最後の行動や自転車を拾いあげる友人の後姿、また「ほくほくと」あたためてくれるみかん畑などの表現に代表される。その関心に沿うなら、もっとも説得力のある形でその価値観をわかりやすく提示してくれたのが、三人で子どもを育てたいという話そのものを主軸に据えた『ハッシュ!』である。これらは、ひどく優しいゆえに涙を誘われる。

ただ、本作において浜崎あゆみ演じる相原が海辺で二人に砂をかけて抱き寄せるシーンには違和感をおぼえた。そう感じたのは、その行動は「みんなに優しくあること」ではあっても、もう一つの話の主軸である「ひとりをちゃんと好きになること」への曖昧な回答になってしまっているからだと思う。岡田義徳演じる伊藤が草野康太演じる吉田を好きなこと、吉田が相原を好きなことについて、あの行動は何の意味も為していないというか、むしろごまかしているような印象すら受ける。橋口亮輔の意識として、「ひとりをちゃんと好きになること」と「みんなに優しくあること」とは後者が前者を包みこむという形をとることでその対立が回避されるが、それは観方を変えれば前者と後者の相克に向きあわず逆にそれを隠蔽しているということにも繋がるかと思う。前作と本作ではとりわけその強引さが目立っていた。(『ハッシュ!』では前者についての描写が必要最小限に抑えられていたがゆえに、個人的には自然に受けとることができた。)橋口亮輔はヒューマンな作家ではあっても、恋愛を描ききること個人へのベクトルを最後まで突き詰めるには失敗しているという印象をもたざるをえない。(むろん、すべての作家が恋愛を描ききる必要などないのだが、彼は間違い無く自らがゲイであることを自覚したうえで、男性が男性を愛することを作品のなかで描いているのだから、それほど無茶な物言いではないだろう。)

とはいっても、みかん畑に代表されるような不思議な感覚や自転車を拾いあげる友人の姿などはたいへん眩しく美しかった。橋口の視点の柔らかさとしなやかさ、それを実現させるだけの演出の技術は高く評価したい。(★3.5)

*伊藤と話す精神科医が、再び橋口亮輔本人によって演じられていることはしばらく気づかなかった。前作に比べると納得できる形での登場ではある。

(評価:★3)

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