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[コメント] バリー・リンドン(1975/米)

泰西名画のような美しい画面と共に、静かに深く語りかけること
いくけん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







●見事な導入部/初恋

古ぼけた子供の像(視覚で中世にトリップ)→雨だれの音、哀切なヴァイオリンの音色(聴覚)→リボン、柔らかな胸の肌ざわり!(触覚)→ファースト・キス(触覚と甘い味覚、更には、ほのかな嗅覚も)→場面は変わって、凛々しい軍隊の行進(五感を刺激した後に、視覚に集中させる!視覚を鋭敏にさせる心憎い演出だ!)

●美の極致/燭光(しょっこう)の賭博場

蝋燭(ろうそく)の光だけで、夜の室内を映し出す。橙(だいだい)色の暖かな光。だが、キューブリックの視線は冷たく客観的で、橙色の光とは少し違和感を感じさせる。しかし、明らかに美しい光。目と目を交わし、また、そらし合う。心の葛藤(かっとう)。心理的サスペンス。蝋燭の光の揺らめきが、心の揺らめきを映し出す!屋外に出る。月光に照らされて、青白い陶磁器のように美しい貴婦人。妖しさ。心理的葛藤が成就して、更には、キューブリックの冷たい視線と青い色が合致した喜び。高揚感。心が震える。

●配役の凄み(あまりにも役が嵌まっているのでハイテンションで書いております。)

レオナード・ロシター(クィン大尉)いかにも高慢で小心。ダンスの場面の顔の反り方がいい。/アーサー・オサリバン(ダブリンの追いはぎ)両手に拳銃の悪人づら最高!声もいいよ!/ハーディ・クリューガー(ポッツドルフ大尉)軍服がよく似合う。切れ者にして貫禄十分。/パトリック・マギー(シュヴァリエ・ド・バリバリ)まず、変な名前(笑)老獪(ろうかい)さ。鵺(ぬえ)的掴み所の無さ。そして厚化粧の下の悲しみと優しさ。詩的な名演!/マリサ・ベレンソン(リンドン夫人)流石に貴族の末裔(まつえい)らしく溢れる気品。入浴場面に萌え(笑)不幸がちょっと似合う美貌。/レオン・ヴィタリ(ブリンドン卿)彼は『時計仕掛けのオレンジ』のマルコム・マクダウェルに似ている!ストーリー展開にサスペンス性を持たせる監督の演出かも。/マレー・メルヴィン(ラント牧師!)今フェルメールの絵画から抜け出てきたみたい!中世そのもの。賭博場では、リンドン夫人と、何か、イチャイチャしていた感じもする。出来てたのかな。最後の白塗りの顔の微微笑が恐い!/そしてライアン・オニール(バリー・リンドン)上記の個性の強い面々に比すれば、影が薄い気もする。わざと主人公の個性を薄めて、我々観客を、直接、中世にトリップさせた感じがする。中世宮廷バーチャル・リアルティ風味満載!

キューブリックが静かに深く語りかけること

ヨーロッパ貴族の優雅な生活。絢爛(けんらん)たる美。我々観客の視覚の道楽。しかし、これらの生活のなかでも、彼らは、恋に悩み、権力抗争に明け暮れ、裏切りが絶えず、資金繰りに悩む。そして、悩みながらも精一杯生きている。中世の貴族階級においてもそうなのだ。いわんや、我々、庶民をや。誰しも人として生まれて来た以上、苦労はつきまとう。そんな、凡庸(ぼんよう)な真実を、シャイなキューブリックは華麗な中世貴族社会の衣(ころも)を借りて語りかけてくる。甘い読後感。そして勇気づけられる。不思議に力が湧いてくる。キューブリックの素顔は優しい。

(評価:★5)

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