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[コメント] 始皇帝暗殺(1998/日=仏=中国)

古代中国史をここまでのドラマに仕上げたと言うことは、映画史においても特筆すべき事だろう。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 中国の戦国時代を題材に取った壮大な歴史絵巻。この戦国時代(その前の春秋時代と合わせて春秋戦国とも呼ばれるが)はたいへん興味深い時代であり、中国の政治や歴史は全てこの時代に詰まっていると言っても過言ではない。この時代に流された血の量は凄まじいもので、更に諸子百家と呼ばれる数多くの思想が登場した時代。その壮大さ故になかなか映画化は出来なかった時代でもあるが、アジア映画史上最大の60億円の総製作費をかけて完成させた。

 本作の設定は史実そのものではないが、宋朝末から元朝初めに活躍した曾先之によって描かれた「十八史略」の設定に沿ったものとなっている。元々本作は漢民族の誇りを取り戻すために幼年向けに書かれた作品だそうで、その分たいへん読みやすい作品となっている。脚色がたいへん漢民族贔屓で、決して史実そのものとは言えないまでも、たいへん面白い作品なので、機会があれば読んでみることをお薦めする(私は日本人向きの、しかも小説版しか読んでないので、たいしたことは言えないけど)。

 本作の主人公秦王政は『HERO』(2002)でも登場していたが、覇王と呼ばれた最初の人で、中国を統一した後、初めて皇帝の名前を用いた人物でも知られるが、この人の半生は結構複雑。秦の王子だった父の子楚は、いわば人質のために趙と言う国に行かせられ、そこで生活にも事欠くような惨めな生活を送っていた。そこに登場したのが趙商人である呂不韋。彼は子楚を一目見て、この人物は絶対に役に立つと思い、彼にいわば投資することにした(これが有名な「これ奇貨なり。居くべし」(これは珍しい品物だ。これを買って置くべきだ)と言う言葉である)。呂不韋は子楚に趙で何不自由なく暮らさせるのみならず、自ら秦に赴き、そこで政治活動を行って子楚を秦に戻させることに成功する。ただ、子楚は趙にいる時代に、呂不韋の愛人を好きになってしまい、半ば強引に自分の妻にしてしまう。

 そこで生まれたのが政。つまり、政は子楚ではなく、呂不韋の子供であった可能性があった(と言うか、ここではそれが事実とされてるけど)。

 この政という人物はたいへんな才能を持った人物であったが、たいへんな臆病であったともされ、自分の身の回りには絶対刃物を持った人間を近づけなかった(のみならず、側近と愛人を除き、彼に近寄ることさえも出来なかったとされている。『HERO』はそれを物語の中心となっていた)。お付きの武官にさえ帯刀を許さなかったため、燕からの荊軻という使者が隠し持っていた剣を抜いて襲いかかった際、宮殿中を逃げ回ったと、これも十八史略に書かれている(ちなみに燕を去る時、荊軻が歌った詩があるが、これ又有名な「風蕭蕭として易水寒し、壮士ひとたび去ってまた還らず」という詩である。劇中では確か用いられてなかったと思うが)。不自然を強いたためのコミカルさがよく現れたエピソードと言えよう。

 …と、やくたいもない蘊蓄を垂れ流してしまったが、要するに、本作は十八史略をきちんと踏襲したしっかりした設定の元、行われていたと言うこと(それだけかい!)。  中国史はスペクタクルの要素が満点でありながら、なかなか映画にはなりにくい。スペクタクル映画の中心がアメリカであることもあるし、なにせそれには金がかかりすぎる上に残酷描写が多すぎるのもちょっと問題か。春秋戦国の烈士の中には忠義のため自分の首を平気で刎ねるようなキャラがうようよいるし、正義の人間を描こうにも、敵の一族郎党は当然皆殺しにするのが当たり前の世界。なかなか描きにくい所だろう。ここでも忠義と愛情のため趙姫が自分の顔に焼き鏝を当てる描写があるけど、それさえも殆ど当たり前のように描かれる世界だから。

 本作はその辺、王の心理にも入り込み、そもそも心優しき人間が覇王として生きることしかできない事を自らに強いた、始皇帝の生き方をしっかり描いていた。愛情を絡めたのは流石に映画用。結果的に主人公は政でも荊軻でもなく、趙姫になっていたが、逆に考えると、これは本当にたいした視点だ。女性の視点を現代的に持っていくことで、やるせなさと、人間としての良心を持ったまま覇王とはなれぬ皇帝の立場をよく表していた。

 ただ、幾分政と荊軻のそれぞれのエピソードが端折られがちでバランスがちょっと悪かったのと、後半の展開が間に合わせっぽいこと。それに説明部分が延々一人の人間の独白で行われていたのが物語を阻害してるので、点数的にはちょっとだけマイナス。

(評価:★4)

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