[コメント] ニンゲン合格(1998/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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あ.でも,でもね,黒沢監督の伝えたいことは家族の再生とか,そんなことではないはずだと思うんです.感情移入して観てはいけないタイプの映画であるような気がするんです.ましてや感動してオイオイ泣ける映画でもないし.
特徴的なロングショットと長廻し.それに不親切とも思えるほどの説明のなさ.これで本来,観客は完全に客観的な立場へと追やられるわけで.つまりポ・ポ・ポさんじゃないけど感情移入を阻止されるというか….
感情移入の阻止としてはもう一つ,目覚めた青年の無気力さがありますね.これは妙にリアルなんだけど,同時に無機的な非現実性をうまく増幅する作用をしてる.
あえて感情移入できるとすれば…青年を長い眠りへと就かせてしまった男,大杉漣ぐらいでしょうか.彼にとっては青年はとっくに死んでいるはずの幽霊のような存在.本来あり得ない虚実の対面における彼の困惑の表情こそ最もまともというか,観客の視点に近いというか….
役所広司演じる藤森という男はいったい何を伝えるために存在しているのか.これは大きな問題ですよね.観賞直後はいったい彼が何者であるのかよく解りませんでした.
なぜ中盤ぽっかりと姿を消すのか.そして物語の最後にまたふらりと現れるのか.言っていることは確かに真っ当だけれど,言い方を変えれば俗で,不快感を与える男.
一見不可解な役回りですが,明らかにこの男は100%実時間を生きていて,幽霊みたいな存在は完全に否定してる.ほら,冒頭で目覚めた豊にビデオやグラフ誌を与えて,失った10年を埋めさせようとするけれど,結局あきらめて全部捨てちゃう.その時点でハッキリと豊の存在を現実から葬ってる.
彼はゴミとともに現実を運ぶ男.
そしてもう一人哀川翔もやっぱり同じ.彼は劇の役所広司不在の中盤にあってなお「家族」の中に居続けるけれど,明らかに異物であって「これは夢ではない,現実だ」ということを示すサインになってる.また,内側から壊す作用もしている.妹はこのサインにしたがって家を出たわけで…それはちょうどほっぺたをつねってみるのと同じこと.
これは現実に突如目覚めた一人の「夢」を巡る話か.
ここまで来れば,冷蔵庫の積み方が不自然だろうが,豊の最期の一言が不自然だろうが,そんなことは当然の帰結として納得できます.でも,でもね,ラストで青年が愛した「馬」の本から出てきた一枚の絵はがき.それは歌い手の娘が抱いた夢.それを手にしているのは現実の象徴である藤森.決して「全部夢でしたー」なんて言って突き放さないその小憎い演出に,僕は少なからず胸がすく思いがしたのです.
いやあ,これは凄い映画です.
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