[コメント] 間違えられた男(1956/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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尋問風景、留置所のベッド、天井の隅、前を歩く拘留者たちの足元・・・。言葉を発するのも忘れ、そんな対象をさまよう彼の視線は、必死で何かを探し求めているように見える。「これは現実である」という実感、ではないだろうか。指紋の押捺や嵌められた手錠に彼が感じたのは、冷たさとかそういうものではなく、ただ現実味の乏しい「異物感」でしかなかったのではないだろうか。自らの存在を完全に無視して進行する現実に接点を失い、次第に周囲の現実が自分とは何の関わりもないものに感じ始め、最後には目の前の世界が何やら無機質な鉄やたんぱく質の塊のようなものへと変貌する。その時人は、あちら側の世界へと足を踏み入れる・・・。
何でこんなクドクドとつまらない説明を述べたかというと、これらの執拗な描写が、後半において大きな役割を果たしているから、である。精神の均衡を失った妻。医者の言うところの「月の裏側の世界」というのがどのようなトコロなのかを、前半の描写のおかげで、主人公も観客も、理屈ではなく実感のようなもので理解することができるのである。細かく唸らされる演出も決して少なくはない映画だが、この映画の大きな仕掛けは何かと問われれば、上記のことに尽きるのでは、と思う(個人的には)。
硬質でクールなニューヨークの風景に、はじめは「これはいわゆる<ニューヨーク派>映画のハシリなのか」なんて思いつつ鑑賞するも、思いっきり勘違いであることを思い知る。スタイルから論じる映画ではなく、この素材には必然のスタイルであるだけだ。いわゆる「巻き込まれ型」の物語とはいえ、逃避行もなく目の覚めるような結末もなく、ただ現実の闇の中に口を開ける「陥穽」を、淡々と描き出している。なんてクレバーな監督なんだろう。
(2007/1/8)
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