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[コメント] 羊たちの沈黙(1991/米)

構造的にこの作品を見てみよう!…と思ったのに、なんで電波なレビューになるんだ?
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 本作は私も大好きな作品なのだが、幸か不幸か、私は先に原作の方を読んでいた。分からないまま映画館で観たとすれば、その衝撃度はとんでもなかっただろう。この作品の評価はそこでぐんっと上がっていたはずなのだ。惜しかったのか、それともこれで良かったのか、未だに判断に困ってる。

 本作の魅力とはかなりたくさんある。ホラー的な要素が強い事も重要な要素の一つだが、勿論それだけではない。一つには犯人に迫っていく、そのアプローチの仕方にあった。今でこそ当たり前のように「プロファイリング」という言葉が用いられているが、実際その言葉がメジャーとなったのは本作が最初だった。それだけ事細かに、そして魅力的にプロファイリングについて描かれていた。犯人の立場に立って、ものを考える。しかも極めて科学的に。これはかなり魅力を感じる。単純な物語としてではなく、そう言った科学的なアプローチが魅力的に描けていたのが大きいだろう。

 次にキャラクターだが、これは言うまでも無し。特にホプキンスはまるでレクター博士を演るためにこれまで役者やってきたんだろう。と思わせるほどの名演ぶりを見せてくれた(実は本作の依頼が来た時、ホプキンス自身は題名を見ててっきり本作を子供用の作品と思いこんでいたとか)。そしてそれに渡り合うフォスターの凛々しさ。時に気弱に、時に強引に。彼女の微妙な表情で演技する辺りは最高だった。そこに様々な人間関係が絡むのだが、これが意外にもかなりしっかり整理されていて、すんなり分かるところが味噌だった。

 勿論、二転三転するストーリー展開にも目が離せない。私に言わせるなら、本作の一番の魅力はここにある。

 この作品の構造を考えると、三つの縦軸を元に物語が構成されている事が分かる。一つは本筋として、バッファロー・ビルを追いつめるという、割とオーソドックスな刑事物として。二つ目が主人公としてのクラリスの物語。彼女は有能とは言え、アカデミーの学生に過ぎず、功名心のために暴走するような所があり、又家族とのトラウマを未だに引きずっている(これらをきっちり画面で見せてくれたデミ監督の力量と、フォスターの演技は拍手ものだ)。そして三つ目が獄中のレクター博士のものとなる。この三つの縦軸が絡み合うことで、物語は構成される。

 当初はバッファロー・ビルという存在を中心として、捜査(第一の物語)が展開していく。そしてそのバッファロー・ビルに関わるものとして、クラリス(第二の物語)とレクター(第三の物語)の物語が絡み合っていく。ここまでは当たり前の物語と言っても良い訳だが、ここでクラリスとレクターの交流により、自己を掘り下げられたクラリスを描写することで、主軸である捜査の物語から外れてしまう。観てる側としては、ここらで疑問が生じてくる。全く別々な物語が同時進行しているように思えてしまうから。第一の物語は時間軸に沿って、むしろ淡々と順調に進行し、その脇で第二、第三の物語が絡んでくる。

 これが中盤になってくると構造は少々変わってくる。レクターが捜査に直接関係することにより、今まで中心であったはずのクラリスが主軸の物語からはじかれてしまうのだ。第一と第三の物語が親密度を増し、第二の物語は蚊帳の外。ここまでに第二の物語つまりクラリスは事件そのものと何の接点も持ってない。

 そして終盤、今まで関わってなかったクラリスが、途端に重要になっていく。捜査はレクターによって流されたガセ情報によって踊らされていただけだと分かり、第一と第三の物語の関係は破綻する。その代わりとして、第二の物語が独自に第一の物語と絡む。ここの物語の転換が見事。地道な捜査を続け、やっと犯人にたどり着いて、ドアを開けた瞬間と、全く別口に自分の物語のみに関わってきたクラリスが、偶然ある家のドアを開けた。そのシンクロニティで、観てる人間に「あっ」と言わせる。これまで観てきて、全く事件と関わりの無かったように思えたクラリスの物語こそが、実は一番真相に近づいていたと言うことに気づかされるわけだ。ここらへん、どんでん返しの演出が巧い(勿論原作あってのことだが)。

 ここまででも充分な出来だが、実は偉大なる先発の物語、手っ取り早く言ってしまえば『ジャッカルの日』(1973)があるので、ここまでだと「かなり良い作品」で終わってしまう。だろう。だがここでまだ続きがある。

 構造的に見るならば、第三の物語、つまりレクターはトリックメーカー的な位置づけに過ぎず、物語の本質そのものに関わってない。ところが、ここから怒濤のラストで、物語の本筋が実はレクターのものである事が明らかになる。

 ラストはまさに“唖然”。今まで二時間引っ張ってきたのは、結局レクターを描くためだったのか?と言うことに気が付かされてしまうのだから。本作は、最高のどんでん返し映画でもある。

(評価:★4)

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