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[コメント] 釈迦(1961/日)

肩幅の広い本郷功次郎が演じると、釈迦がマッチョになってしまいますが、それはそれではまってると思います。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 インド人に見せたら苦笑いされそうだが、役者をみんな半裸にひん剥いて、異国情緒を出しつつ、かすかにエロチックさを演出。同じ東洋人の目から観ても「エキゾチック」な雰囲気を作り出している。この半裸というのは結構重要な点。日本人の体格だと、アーリア系のインド人に対抗できる偉丈夫は滅多にいないが、肩幅が広く胸板が厚い本郷功次郎を起用することで、少なくとも主人公に関しては本当にぴったりの役を作り上げてくれた。マッチョな釈迦ってのもイメージ的にはなかなかよろしい。

 それと、本作の場合、単なる偉人伝のようにはしなかったのは重要な部分だろう。この物語の中心は勿論シッダだが、むしろ視点は彼ではなく、シッダに対するダイバ・ダッタの目線で統一されている。このダイバ・ダッタというのが、本当に碌でもない人間で、そんな人間が聖なる存在に対しライバル心を燃やし続ける構図というのは、「これを単なる偉人伝にしてたまるか!」という意気込みを感じる。結構難しい役だったように思うけど、勝新太郎を起用したのは正解。殊更本郷功次郎と対立する構図を取らせることで、コンプレックスの固まりみたいな存在を作り上げた。人間の視点はシッダの方ではなく、こちらの方にある。という主張のよう。

 勝新太郎演じるダイバ・ダッタのお陰で、あくまで本作は邦画であることを主張する重要な点になってる。

 大作らしく、力の入った特撮も見所。

 大映特撮は東宝、東映とも又違った味わいを見せるが、それは独特の構図の取り方にある。特徴を言えば、カメラを基本動かさず、固定だけで撮ること。そしてあくまで人間の目線であること。『大魔神』でもそうだが、人間に視点を固定化するのは、かなり表現的には狭められてしまうのだが、怪獣が出ない作品、若しくは怪獣の大きさを小型化することで充分に派手な作品を作り上げることが出来るし、練りに練った構図は名人芸さえも感じさせてくれる。その大映特撮が最も映えた作品こそが本作の見所ではあろう。基本ミニチュアを使わず、セットそのものを使うのは、賛否両論あるだろうが、その分スケール感の大きさは感じ取れる。

 ただ、一つ残念なのがストーリーの弱さだろうか。釈迦の伝記を何でもかんでも放り込んで、それを順番に紹介していくような形のため、物語の展開がやや間延びした印象。もうちょっと物語を絞って、人間描写を更に深めてくれれば良かった。豪華配役陣も出てくるだけって感じで今ひとつ個性を活かし切れてなかったのが勿体ない。悟りを開いて後、シッダが登場しなくなると、ミニストーリーの連続になってしまうのだが、やっぱり主人公不在だと話が締まらない。全般的にストーリー部分が寂しすぎるね。

(評価:★3)

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