[コメント] 事件(1978/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
原作では結局のところどういう犯行なのか、永島敏行の意識朦朧で判らないのだ。『羅生門』が思い出されるが本作はさらに徹底している。そして佐分利信ら三人の裁判官は、殆ど犯罪を捏造してしまうのだ。そして禁固何年ですと判決を下すのだった。司法の扱う「事件」とその解決をほとんどフィクションにしてしまっている。これは恐ろしいことであり、原作は恐ろしさの説得力に富んでいる。究極の処で人は人を裁けないという感慨に至るのである。
映画はこの刑罰の捏造について、数分のディスカッションの時間を与えてはいるが熱心ではない。犯行も松坂慶子が自分からナイフに抱き着いたと、渡瀬恒彦視点で説明してしまっている。上記の捏造劇ではなく四角関係の情念劇に編成されている。この手際の良さは新藤のものだろう。冷徹そうな裁判劇が、途中、渡瀬恒彦のチンピラの主観ぱっと変わる辺りに主張がある。
演出は冴えていない。松坂慶子は「これまで見たことのない表情」を殺害時に求められているが、果たせていない。これは演者の欠陥ではなくて演出側の手落ちだろう。厚木ロケは充実しているが、セットは寅さんの夢オチを想わせる安っぽさで落差がひどい。そんななか乳首さらけ出し法廷で「セックスです」と絶叫する大竹しのぶは見せ場を生かして強烈、本作を締めた。そしてラストの橋上での渡瀬との対話に味がある。
あと思ったのはトラウマについて。永島敏行が犯行後も淡々と引っ越し生活を続けたことが裁判でも問題となる訳で、当時は道徳的に許されない行為とされたのだが、昨今ではこれは現実感覚を失ったトラウマ症状のひとつとして広く認知されるに至っている。映画がこれを疑問として提示しているのは立派。文芸の力というものを感じる。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。