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[コメント] 彼女を見ればわかること(2000/米)

「提示した主題を解決しない」ことで「映画(物語)という命題」を解決しようと試みた意欲作。
立秋

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







映画(物語)の表現方法として、提示した主題を解決することで完結しカタルシスを味わせるものである、という考え方がある。映画を例にとるとネタバレになるので物語で言うと、「桃太郎」では「鬼退治」という主題を、桃太郎が鬼を殺戮・略奪して故郷に錦を飾ることで解決している。(映画については皆さん自身で思い起こされれば納得できるものが見つかると思う。ちなみに私の知る限り、最も乱暴な方法でこの「解決」をやってのけたのは「マグノリア」である)

一方、この映画では提示された主題が明確に解決されることは無い。年老いた母を看護する女性医師は、運命の年下の男性とめぐり合ったのかもしれないし女たらしに引っかかるところなのかもしれない。銀行の女性支店長は不倫から足を洗ったのかもしれないしもうすぐ扉を開けるところかもしれない。育ち盛りの息子を抱えた母親は不思議な小人と恋に落ちるのかもしれないし隣人として愉快に過ごすのかもしれない。占い師の恋人は死んでしまったのかもしれないし奇跡的に回復したのかもしれない。盲目の美人は目覚めるのかもしれないし同じ石につまずき続けるのかもしれない。女性刑事は司法解剖医とデートかもしれないしメスで切り刻まれるのかもしれない(かなり強引)。この映画で唯一主題が解決されているように見えるのは自殺したと思われる謎の女性だけである。しかしこの女性の場合も自殺かもしれないし男に殺されたのかもしれない。といった具合である。

思えば、人生とはそもそも「解決」されないものである。変わり映えの無い、それでいて変化にとんだ日々を積み重ね続けるのが人生というものであろう。「死」は解決たりえるだろうか。死=無と(とりあえず)すれば、そこにカタルシスは無いと言わざるを得ない。リアルな人生においては日々の日常の中にこそカタルシスが潜むのであり、そこが「物語」との一番の違いである。

こう考えると、この映画は「物語」でありながら、どうにかしてリアルな「人生」に近づこうとした試みの産物ではなかろうか、と思えてくる。提示された主題が解決されず、中途半端に切り取られ、なおかつ微量のカタルシスを含んでいる。その様は人生そのもののようでもある。もしこういった解釈が監督の意に沿うものだとするならば、その試みはまずまずの成功を収めていると私は評価したい。

P.S. 最後に、以上のようなことをつらつらと書き連ねていて思いついたことをひとつ。それは、人生とはまるでゴルトベルク変奏曲のようだ、ということ。「ゴルトベルク変奏曲」とはバッハにより作曲され、不眠に悩む貴族のために演奏されたともいわれている曲。グレン・グールドの演奏が有名で、難曲としても知られています。 この曲では提示された主題が次々と微妙に形を変えて現れては消え、激しくもなり優しくもなり、時には非常に難解で困難な局面を迎えます。こう書くとまるで人生そのものについて語っているように思えませんか? もし機会があれば一回聴いてみて欲しい名曲だと思います。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (13 人)Santa Monica トシ tarow moot ボイス母[*] 鵜 白 舞[*] Walden ことは[*] アルシュ[*] しゅんたろー[*] 町田[*] ina tredair[*]

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