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[コメント] 十二人の怒れる男(1957/米)

「こらーっ! 安易な評決で終わらせるんじゃないっ!」
Amandla!

「シネスケのお気に入り投票じゃないんだぞっっっ!」

 とツッコみの一つも入れたくなるような評決姿勢ですよね、当初の陪審員11人の態度は。

 これ、陪審員制度の問題だけではない。投票で全てを決める、いわば「ヒットチャート民主主義」の怖さを描ききっていると思います。

 投票で何かを決める時に陥りがちな怖さ、それが冒頭の何分かで見事に表現されてますね。大事な問題が自分にかかっているのに上の空。ここがこの映画のポイント。

 観ている側が次第にヘンリー・フォンダに感情移入してしまいがち、というか、そう描かれているのは考えてみれば怖い。torinoshieldさまも指摘されてます、「これ、逆もありなわけで11人無罪、1人有罪でなんの罪もなさそうな白人少女が有罪になっていく過程を描いていたら」って。

 torinoshieldさまはその結論として「ディベートの怖さを描いて」いたら「俺5点」とおっしゃって、ある種正鵠を射てらっしゃるけれど、ディベートの問題ではないだろう、と思うんです。

 投票によって「誤った結論」を出してしまう防止策として「ディベートを尽くそう」ということを理解させようとしているの。

 だからtorinoshieldさまの指摘は、かえって重要に感じました。

 また「第二十四の男」さま(*1)の指摘も興味深い。「無罪派」は「曲がりなりにも合理的なのに対し、有罪派はE・G・マーシャル(眼鏡の男)を除き発言や行動が非合理的」だから「無罪派が多数になったときあたり以降から、無罪派=善に対し有罪派=悪のような感覚」。「視点は常に勝者からのものだ」とおっしゃる。

 逆だったらどうです? 何かの投票によって合理的な側が勝利を占め、非合理な側は敗北。でも合理的な側は一見合理的だけど、実は誤ってたら?

 これ、ファシズムが最初急成長をはじめる過程なんですね、まさしく。

 民主主義の実現には(1)「ディベートを尽くし」、(2)「投票で決める(合意形成)」(*2)、(3)「ただし、ディベートの際は常に少数者の意見や立場を尊重する」の3つの条件が必要だと思います。ところが現実には(2)ばかりで、あとは軽視しがち。面倒で手間ヒマかかるから。

 その手間ヒマのかかる面倒な手続きでも面倒がらずにやりましょう、というのが、わずか96分のこの映画の眼目。

 民主主義から(1)と(3)を抜いたらファシズムになる。

 そこが、オールタイム・ベストテンに入れ、繰り返し見直されるべき名作である所以です。いまなお古びないのは、さまざまな吟味に長期間さらされてきても、スキがない表現だからではないかな。

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*1)カッコなしだと敬称つけづらいから。カッコに他意はありません。

*2)全員一致、3分の1以上、過半数、多数決のいずれであれ投票(意思表明)によって合意形成をはかるものは何でも。(020207追加註)

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【追加】全員一致で思いだしたけれど、日本の裁判では確か(後で確認して訂正しますが)多数決のはずでした。裁判官の合議で裁判長裁判官が無罪の判断をしても、他の裁判官(例えば右陪席、左陪席裁判官の両方)が有罪を主張して多数を占めれば、制度上有罪になる……。つまり死刑判決……。こ、怖い。

【追加020308】「推測だけで無罪」というご意見を書かれた方がいらっしゃったので追加補足。検察には疑いの余地なく犯罪を立証する義務があるんです。その立証を認定するのが評決ですから、推測どころか、一点でも疑いの余地があれば陪審員は無罪評決を下さなければならない。しかも法的手続きが適正(デュー・プロセス)でなかった場合、たとえば違法な証拠収集があったりしたら、もう検察側の主張はアウト。検察は完璧、かつ適正に有罪を立証しなければならないのは建前上日本でも同じで、わずかでも疑いの余地があれば、裁判官は無罪判決にしなければならない。これまで確定死刑囚が再審で無罪になった例は結構ありますが、これは本来あってはならないこと。地裁、高裁、最高裁の少なくとも合計6人の裁判官が、有罪に「一点の疑いの余地もない」と認定したわけですから。(軽微犯罪を除き、地裁、高裁ではいずれも3人、最高裁では3人以上裁判官が合議することになっています。だから確定までに、地裁2+高裁2+最高裁2人以上、あわせて6人以上が有罪認定をしたことになります)。

【追加020310】【合理的な理由 "Reasonable Doubt"】「推測だけで無罪」が気になり観直しました。会話の中に耳にタコができるくらい "Reasonable Doubt" って言葉が繰り返されますよね。これ、裁判用語で「合理的な疑い」のこと。もし判事が検察側の主張に「合理的な疑いがある」と判断すれば、「疑わしきは罰せず」という鉄則に照らして被告人は無罪。有罪を証明する義務は検察側にあり、被告人側には無罪を証明する義務は一切ない。そしてその証明の程度は「合理的疑いの余地がない」(beyond a reasonable doubt)ほどに高度でなければならない。いやぁ、あの眼鏡の痕の推理は見事だったなぁ。あと、リー・J・コッブの怪演も見事だった〜。

Learning Guide to: 12 Angry Men→http://www.teachwithmovies.org/guides/12-angry-men.html

有罪判決の例「東電OL殺人事件判決」:「本件第一審判決は、被告人が犯人であることは動かし難いもののようにも思われるとしつつも、他方、被告人を犯人とするには合理的に説明できない疑問点が残り、有罪を認定するには不十分であるとして、被告人を無罪とした」にもかかわらず東京高裁はこれを破棄自判(「差し戻し」ではなく自判というのはとうてい理解できない!)して有罪判決→http://www.ishidalaw.gr.jp/ronsetu/toudenolshin000705.html

オンライン書評「日本のマスコミとは一体何なんだと、怒りが込み上げてくる」安原顕→http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_rev.cgi/3beb159e7ceba010199b?aid=&bibid=02116675&volno=0000&revid=0000058259

オンライン書評「司法の現実に驚いた修習生」→http://www.jca.ax.apc.org/kokubai/books.htm#15司法修習生

説示・評決 instruction / verdict→http://village.infoweb.ne.jp/~fwgj9369/mystery/Crime(13).htm

(評価:★5)

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