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[コメント] まぶだち(2000/日)

ぼくらの歪んだ学校。

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







教室中に貼ってある教育的な標語だの、生徒達が毎日書かされる「生活日記」だの、自分で自己批判を始めてしまう学級委員長だの、その物語に描き出されるのは何かが歪んだ戦後民主主義の「学校」。観ていて「ぼくらの歪んだ学校」なんてフレーズがつい思い浮かんでしまう。(以前観た韓国映画に『われらの歪んだ英雄』という、やはり中学校を舞台にした映画があった。それはタイトルからも窺える通り、その時代の政治的現実の縮図としての中学校と子供の世界を描いた映画だった。)

だが残念なのは、そのことに脚本も兼ねた作り手としての監督はあまり自覚がなかったらしく、その戦後民主主義の「学校」の枠組みを食い破るような物語がその後のドラマの中で見出せなかったこと。監督の述懐によるなら、実際のところ監督も、人から「後半が面白くない」と何度も言われたらしい。主人公の少年は友達の「生活日記」にネタを提供し、嘘にちょっとだけ真実を混ぜるといい、なんてことまでご教示してみせるほど頭のよい子で、彼がスパルタ的な担任教諭と向き合うサマはまるで抑圧的な体制とそれに抗う反体制作家の戦いみたいな構図にも見えてくるのだが、物語はその先を描き出すことはなく、ある友達の死を切っ掛けに少年達が変わっていくように見えるような見えないような曖昧な幕引きへと収束してしまう。

再び先の監督の述懐を参照すれば、監督は“大人篇”を付け加えることに拘っていたらしく、それがラストの主人公の少年の「20年後」(現在)の独白という形になったものらしい。少年達の“その後”はいたって平凡で、誰が何者になったわけでもなかったのだが、それは監督なりに映画の物語の中でまだ何もしていなかった少年達は、それでもまさに“その後”の人生の中で「何もしなかった」という小さくても自分の物語を選択をしたのだ、という思いがあったものらしい。だが、どうなのか。…どうなんだ。それでよかったか。よくないのか? よくないのなら、では何が出来たはずだというのか。

主人公の中学生達は、ついに何もしえぬままに何者になることもなく大人になった。この映画の幾分厳しすぎるとも思えるけれど、また正しい響きもある担任教諭の言葉。「(たとえどんなに卑小で些細なことであっても)主体性を発揮し自らの意志で選び取った道を生きるところに自己肯定が生まれ、人間になれる」というようなその言葉は、もしかすれば監督自身が言われて続けてきた、そして今もまだ内面に響き続ける消化(昇華)しきれていない言葉なのかもしれない。自身を“臆病なひきこもり”とこぼす監督は、少年達が映画の物語の中で、またその後の人生においてついに「何もしなかった」ことを、それでも少年達の(自分達の)選択として肯定しようとしたらしいが、やっぱりそれは真底からの肯定ではあるまいと思えてしまう。

マンガ家を志しながら未だにアシスタントに甘んじているという主人公の少年の「20年後」(現在)。それはモラトリアムだ。観ている自分もまた、その「何もしなかった」という消極的な選択を、否定はすまいと思う。それを否定することはある種の力への“負け”を意味するからだ。負けを敢えて認めてそれを背負うことで成長するのだとあの担任教諭ならば言うだろうが、まさにその理屈(その正しさ)への疑念が捨てられなかったからこその彼であったはずだからだ。みんなに認められて拍手を受けたいのか。なぜ? 人間の仲間入りがしたいのか。なぜ? 少年はまだ死んではいない。人生は死ぬまで続く。では死ぬまで続くその人生は何の為に生きられるのか。まさに中学生の問いだ。だが中学生の問いはその時期を過ぎたからといって解消されるわけがない。それは死ぬまで解消されやしないし、解消されたと嘯く大人は単にそれに解答がないことを忘れさせる何かと出会えただけのことだ。

勿論信頼関係が人を生かすことはある。劇中、理科室での儀式めいた万引き少年達とその親達の白じらしい対面よりも、よく考えあぐねた末の寡黙な父親のビンタが少年をいっときにせよ目覚めさせたように。だが忘れてはならないのは、その父親の背中だ。光石研が演じていたその父親の背中は危うい。何か不運が重なってそれが彼に圧し掛かってきたら、真面目にその全部を背負おうとして自殺や失踪でもしてしまいそうな背中をしている。真面目に引き受ければ支えきれないのに、それでも真面目を強いる人生の影のようなものがある。

我知らず何故かしら背負わされてしまう人生の影。その影は父親から息子へ、誰知らず引き継がれていく。答えのない人生を、それでも生きていかねばならない徒労、苦役。人生を背負うことはこういうことだという感じがする。

(評価:★3)

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