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[コメント] バニラ・スカイ(2001/米)

高所恐怖症を克服したデビッドは芸名トム・クルーズという俳優として成功するのかもしれない。
らむたら

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画のキーワードは「高所恐怖症」に尽きる。タイトルにしても洒落た感じの『バニラ・スカイ』よりは即物的で素っ気ない「高所恐怖症」のほうが本質を突いている。トム・クルーズ演じるデビッド曰く、「高いところが怖いというより、落ちる時の衝撃が恐い」と。それに対して僕は無表情のまま呟かざるをえない、「当り前だ」と。

デビッドは生まれながらにして高いところに存在している。親から受け継いだ莫大な財産、飛びぬけてハンサムなルックス、掃いて捨てるほどの美しい女性、底抜けに気のいい友達、まさにブルジョワの中でも最“高”級のハイソな社会に住んでいる。そんな“高い”ところに存在している彼が“高所”が恐いわけがない。だから彼は“高い”社会、“高い”生活レベルから“落ちる”のが恐いのだ。言い換えれば“堕ちる”のが恐いのだ。“低い”社会、“低い”生活レベルでの人生の形而下的な“衝撃”が恐いのだ。だが、“低い”といってもそれは彼にとっての偏狭な主観的なものにすぎず、世界中の大多数、ほとんどの人類が生活している社会であり、存在しているレベルなのだが。

さて、この映画のストーリーは面白いと思う。原型の『オープン・ユア・アイズ』を観てても、全然気にならない。かえって、初見だと混乱しやすいストーリーも予め知っているので、ある程度は比較しながら観ることができて楽しみも倍増する。『オープン・ユア・アイズ』を観たとき、「惜しい」と思ったことがあった。もともとこの映画は主人公(を含めて多くの登場人物)に感情移入しづらく、彼(オープン〜の方)が悪夢に苦しめられようが夢と現実の間で葛藤しようが「御勝手に」と冷淡に突き放してしまいたくなるような展開なのだが、それでもラストで彼が摩天楼から飛び降りるとき、微妙なノスタルジーを感じてしまうのだ。「リアルな夢」の世界に対しては、顔を怪我する前の自己中心的なプレイボーイの彼の生活にも、怪我した後の悪夢の世界にも観客がノスタルジーを感じるのことはほとんどないと思うが、それでも何故か微かにノスタルジックなのは精神科医と主人公の関係が観ている者の心の琴線に触れるしているからだと思われる。「オープン〜」のほうでは、はっきりとは精神科医が父親の理想像であることは言及されていなかったと思うが、この映画ではモデルとなった映画のシーンも丁寧に挿入されて言及されている。この辺りが分かりやすさをモットーとするハリウッドの美点であり、この映画にとってもプラスとなっている。現在は“高い”ところで生活環境で存在しているデビッドの孤独な少年時代、報いられぬ父親への愛情、満たされぬ父親からの愛情、そういった観客の同情をそそらざるをえない要素が精神科医とデビッドの関係に投影されているからこそ、いくら自己中心的で軽薄であってもデビッドを完全には突き放せない。無意識的ではあっても彼のエゴイズムがもたらした自業自得な罪に対して、その罪状を酌量減刑してしまう。さらに個人的な自分自身の過去の父子の関係を重ね合わせられる人の中には共振してノスタルジーを感じてしまう人もいるはずだ。たとえ過去が辛く嫌なものであっても想い出は浄化されているから。ただし、それはあくまでも微妙すぎるのであって、やはりデビッドに対して感情移入するのは僕みたいに平凡で“低い”生活環境で存在する人間にとっては困難だと思う。

その点、デビッドに対する感情移入の点でさらに補強できたら、と思うのだ。つまり、「リアルな夢」の世界を捨てて、デビッドが摩天楼から飛び降りることは、“高所”恐怖症を克服することにより、150年後の世界では自己中心的な人間から思いやりがあって他人の痛みを想像できる人間に生まれ変わりうるという可能性を暗示しているだけのあくまで“個人的”な問題にすぎない点が惜しいと思うのだ。「リアルな夢」の世界に多くの観客が共感できるだけの普遍的な要素がもっと多く見出され、その微温的な世界に別れ告げることに観客が哀切を感じるだけの魅力があれば映画として傑作になったと思うのだが、「オープン〜」にしても『パニラ・スカイ』にしてもやはり一押し足りず、問題の焦点が「デビッドに感情移入できるか否か」で集約できてしまう点が惜しいと思うのだ。だから脚本は抜群に面白いし、135分の長尺でも飽きずに観られるにもかかわらず、ただ「それだけ」の娯楽映画にすぎないと片付けてしまう人は多いのではないか? 仮にアカデミー賞をとることがあっても、作品賞は無理だろう。脚色賞(ってあったかな?)、せいぜい監督賞くらいか……

あとは、『オープン・ユア・アイズ』との主な比較。ただしそんなに正確に覚えているわけではないので、記憶違いがあってもご寛恕ください。「オープン〜」のほうをO、「バニラ〜」のほうをVとする。

≪1.主人公の性格≫ Oの主人公はもっと利己的で非情、軽薄。一度寝た女とはもう寝ないって感じだったはず。Vの主人公は自己中心的でもその度合いが薄れている。これはどうしても主人公とダブらされることを免れえないトム・クルーズのイメージの問題とより観客が彼に感情移入しやすいようにとキャメロン・クロウが脚色したためだと思われる。その辺の配慮と意図は出だしのジュリーに対する態度の違いにあわられている。 なぜトム・クルーズと密接に関わるかというと、自己中心的なデビッド自体はトムのイメージと程遠いとしても、150年後に財産をほとんど失ってしまった(長期間の冷凍保存で財産を蕩尽したから)状態で再出発することになる新生デビッドがトム・クルーズを想起させ易いから。要するに金はないけどハンサムなルックスのデビッドは同じように金はないけどハンサムなルックスでアメリカン・ドリームを成し遂げたトム・クルーズと重ね合わされやすい。150年後のデビッドの成功はトム・クルーズが主演を演じたことによって、ストーリーの外部から保証されているのだ。

≪2.ブライアンとソフィアの関係≫ Oではブライアンに当る友人はもっとソフィアにぞっこんだった。もてない男がようやく見つけた高嶺の花をあっさりと主人公に奪われてしまう点でも主人公の友情を軽んずる軽薄で自己中心的な性格が強調されていた。Vではそこまで安定した恋人関係のようには描かれてなかった。まだ知り合ったばかりといった感じで、ソフィアがブライアンから離れていってもそれほど不自然ではなく、違和感を感じないような予防線の隠見する設定。この辺でもただでさえ離婚ほやほやのトム・クルーズのイメージを必要以上に貶めないような配慮が感じられる。

≪3.ソフィアとデビッドの馴れ初め≫ ソフィアか芸術関係のインテリっぽい女性として描かれているのは同じだと思う。ただし、Oのほうではもっと素朴で野暮ったい感じで女たらしの主人公に対しても懐疑的で、ブライアンに当る友人に恋人としての礼儀に配慮していた。Vではより明るく、可愛らしく、奔放な性格付けがされており、自然とデビッドの魅力に惹かれていくさまが分かりやすく描かれている。Oではブライアンに当る友人もけっこうハンサムな俳優が演じており、Vでのジェイソン・リートム・クルーズほどのルックスの差はなかった。ソフィアがデビッドのどういうところに惹かれたのかは不明だ。デビッド自身は「リアルな夢」の中でソフィアに言わせているようにルックスで魅了したと思ってるが、その辺の女性に対する自信に裏打ちされた不信感はプレイボーイとしての空虚な経験に基づくものと思われる。しかし後に救護員が明かすようにソフィアはデビッドの外面だけでなく内面的なものにも惹かれていていた。その内面は結局のところ悪魔で顕在化する潜在意識の善性なのだろうが、潜在意識の善性などは誰にであるのであって、大事なのは外部に“あらわれている”部分なのだから、説得力がない。

≪4.うなされて叫ぶ女性の名前≫この点は記憶が曖昧で全く自信がないけど、なんとなくそうだったような気がするので書き留めておく。VではエリーとはLE(延命)企画をエリーと読ませるという言葉遊びじみたものだったが、Oでは冷凍保存会社の受付の女性の名前だったような記憶があるのだ。ただし自信はないので信用しないで自分で確認してくださいね。受け付けの女性の名前の名前のほうが唐突だけど、女たらしのデビッドの人間性を現していて面白いと思うのだが。

≪5.冷凍保存の方法≫これも記憶に自信はないということを予め書いときます。Oでは契約してそのまま冷凍保存状態になるはずだったのでは? 救護員なるものもいたような記憶がない。Vでは契約後一旦死んでから冷凍保存することになっていた。これはよく分からないのだが、生きたまま冷凍保存することに倫理的な問題があるのか、自分を死に追い込むほど現世に絶望していて未来にしか希望を託せないような限られた者しか冷凍保存をの延命をしてはいけないという法的規制でもあったのか、それともキャメロン・クロウがフィリップ・K・ディックの「ユービック」が好きだったのか、よく分からない。というよりこう書いてても記憶に自信がない。

(評価:★3)

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