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[コメント] 仄暗い水の底から(2001/日)

やりすぎとも思えるほどに老朽化したアパート。管理人まで老朽化している。この、崩壊寸前のような朽ちたシチュエーションと、母娘という主題との接合。「孤立」という恐怖と哀しみ。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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古く暗いアパートでの、ま新しい赤いバッグの異物感は強烈だ。惜しむらくは、これを恐怖演出に活かすのみならず、哀しみの表現としてももう少し活かしてほしかった。あの愛らしいバッグが、気味悪がられて何度も廃棄される事は、徐々に悲しみを帯びて描かれるべきだったのではないか、と。却って、淑美が最初にゴミ箱の中にこのバッグを見つける場面が最も哀しい。

「遺棄」や「放置」こそ、この映画の哀しみと恐怖の発生源。管理の行き届いていないアパートと、その屋上の貯水タンクの、誰からも気づかれず放置された少女の遺体、という組み合わせが、淑美母娘を「遺棄」と「放置」で物理的に取り囲む。このアパートが、最後には完全に朽ちて、無人の廃虚そのものと化した光景は、むしろ憑きものが取れたような晴れやかささえ漂う。

迎えに来てくれない母を待ち続ける少女時代の回想シーンでは、画面が黄色がかっていたが、淑美が娘と暮らす部屋の天井のシミの色も黄色であり、また終盤、淑美が美津子の霊と一緒にエレベーターで「昇天」する場面でも、エレベーター内は黄色の照明。

「母の不在」という事態を、三人三様の仕方で補う物語。美津子の霊は、他人である淑美を母の代わりとして彼岸に引き入れる。郁子は、成長してからあのアパートを訪れた後で自ら言うように、「お母さんはあそこで私を守っていてくれたんだ」という、母の不在がそのまま郁子への愛である、という認識によって喪失感を埋める。

だが淑美の最後の行動は、一義的な解釈を許さない。自身の幼年期の記憶としての「母の不在」を、彼女より更に孤独で不遇な美津子の母になる事で補完した、乃至は美津子への同情から彼女の傍に居る事を受け入れた、ともとれるが、娘である郁子を美津子から守る為に、夫との親権争いでも必死に守ろうとしていた「娘と一緒に暮らす生活」を、敢えて自ら放棄した自己犠牲の行為ともとれる。

単なる恐怖シーンのみならず、親権を得る為には迂闊な事ができないという、離婚調停の緊張感や、幼稚園に娘を預ける不安、病院通いの原因となった出版社勤めを、生活の為に再開せざるを得ない事など、淑美の、シングルマザーとして日常的に受ける負荷をなおざりにしない演出には好感が持てる。これらに加えて、天井のシミと水漏れに対応してくれない管理人や不動産業者など、淑美母娘が社会から「遺棄」や「放置」をされないかという孤立感の演出が、この映画を単なるホラーに終わらせていない。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)じゃくりーぬ けにろん[*]

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