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[コメント] KT(2002/日=韓国)

「抱いてくれたから。」
tredair

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







台所で自分の身体を(嬉しそうに)洗う傷だらけの女。たったそれだけのカットが挿入されることによって、単なる言葉の応酬として発話されたようなその怒りに満ちた言葉が、実はかなり強烈な愛の言葉でもあるのだということがわかる。

意識を失わされ畳に寝転がされた女。その目がふと開いた瞬間の、はかなくも生々しい誘惑。ふがいない男のもとへ突然やって来る女。「あなたは自分の母親を捨てられるの?」と問いただすときの、その靱い意志を持った眼光。

もう空き屋となった部屋の窓を几帳面に閉め、無我夢中で水道水を飲む男。その完全にアウトローにはなれない凡庸さとワケもなくたぎる焦燥感。「朝鮮人のくせに朝鮮語もわからないのか」と嘲られ、初めて感情を爆発させる若い男。その脆弱なアイデンティティと、自己に対する怒りや後悔。かなうはずもないヘリコプターに向かい、狂ったように銃を撃ち続ける男。そのはかりしれない恐怖や絶望感、去来しただろう家族への強い思い。

あえてイデオロギー闘争にはもっていかず、完全なる善と悪との対立構造も避け、メインキャストの全てを「時代にのみこまれざるえなかった人間たち」として描いたところに、私は監督の、その時代に生きた人々に対する謙虚さや愛情を見た。弱さや逃げではなく、あえて己を中心に据えたうえの独善をよしとしない、ギリギリの美学を見た。

「勝たなくていい戦争もある」ように、だからこそ届く思いというものもある。

私はこういう映画「も」撮れる坂本順治という男を、同時代の監督として信用したいと思う。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (10 人)草月 アルシュ[*] sawa:38[*] ペペロンチーノ[*] uyo[*] ina[*] 鵜 白 舞[*] movableinferno[*] ハム[*] ぽんしゅう[*]

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