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[コメント] KT(2002/日=韓国)

日韓の映画人が共同でこの映画を撮ったということに、まず拍手。小技がびしばしときいて、迫真のサスペンスだった。知恵あるゴキブリに襲われるような、えもいわれぬ恐怖があった。
シーチキン

**ネタバレ注意**
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70年代初頭の雰囲気を漂わせる雰囲気がよく出ていた。「ビートルズは床屋の敵だよ」という何気ないセリフや、TVのジャイアント馬場のプロレス中継、当時話題のサスペンス映画「ジャッカルの日」のさりげない利用。そしてマニアが泣いて喜ぶような当時の懐かしいクルマの登場。

これらの小技が、73年8月に実際に起きた金大中氏拉致事件を扱ったこの作品に、いっそうのリアルさを与えている。そしてそういう雰囲気だけでなく、やや誇張された感じはあるが、陸幕二部別班のいかにも軍人くさい仕草など、サスペンスものとしても、かなりの水準をクリアしている。

このリアルさが土台となって、KCIAの工作実行部隊による拉致シーンが、すごい迫力を生んでいる。まず、初めて日本で金大中氏を「補足」したホテルのシーン、最初の拉致工作の舞台となった病院でのシーン。金大中氏を包囲するかのように、リーダーの無言の目配せ、仕草で、ぱっと集まり、ぱっと散る。彼らの黒いスーツ姿は、ゴキブリが知能を持って襲ってくるような、何とも言いがたい無気味な迫力があった。

その実行部隊も、金大中氏を拉致した途端、今度は自らの保身に汲汲とせざる得なくなる。謀略によって生きようとする者は、謀略に怯えながら生きるものでしかない、その哀れさを、まざまざととらえている。

これとの比較で、感動的なほどに鮮やかだったのは、金大中氏の生き様である。絶体絶命の船底で、ぐるぐる巻きにされた状態でなお、「国民のためになすべきことがある。サメに身体を半分食われても命が助かるように」とつぶやく。この気高い、人間性はどうだ。この発露があるからこそ、「内通者」が土壇場で、自らの命を顧みず「この人を殺してはいけない」と立ち上がる。

韓国の歴史は、この事件の後も激動を続けた。朴独裁体制は、彼が79年に暗殺されるまで続き、その後も独裁体制は全斗煥が受け継ぎ、血の弾圧、光州事件まで引き起こされる。韓国がようやく民主国家として認知されるようになったのは最近のことだ。

金大中氏一人の力で、韓国に民主的な国家が実現したとは思わないが、それでもその国家をもたらした韓国の人々の力が、国民のために命を賭して闘おうという政治家を生み出したのではないだろうか。

そして謀略に生きたKCIAのリーダーだけでなく、それに手を貸した自衛官・富田の哀れさも浮き彫りになったと思う。「戦闘服も制服も着ていない自衛官」、「日陰者の日陰者」という、自らが置かれた状況に対して、つまるところ、彼は「生きる大義」が与えられないと屈折する中で、拉致事件に「オレの戦争なんだよ」と関わっていったのではないだろうか。

しかし、「大義」が与えられないと、すねるものに歴史は無情である。なぜなら大義は、自らが、自らの人生のためにつくりあげるものであり、余所から与えられるものではない。余所から与えられる大義にすがろうとしたものの、惨めさ、悲惨さを、佐藤浩市は好演していたと思う。

そういったことだけでなく、この映画には日韓両国に横たわる複雑な問題も目をそらさずに描いてる。「共犯者」となった富田に対して、「彼は友人だ」とKCIAの金が言うシーンは、この映画に「深み」を与えている。

私はこの映画を観て、衝動的に、もっと知りたいと、12年ぶりにパンフレットを買ってしまった。実に素晴らしい映画だった。映画のもつ力を、まざまざと実感させられた一本だった。

オマケ★★劇中、「狼は生きろ、豚は死ね」というセリフも出てくる。これも70年代の雰囲気を出しているが、厳密には、これは79年公開、つまり金大中氏事件から6年後に公開された『白昼の死角』のコピーじゃかなかったかな。まあ、雰囲気は出てたけどね。

(評価:★5)

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