[コメント] ザ・リング(2002/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
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原作では既に絶滅した伝染病の「天然痘」がキーワードになっていた。死の病として親しき者からも排除・敬遠され、隔離されて死んでいった患者たち。患者となった者の無念さは想像する事さえ難しい。現在アジアを席捲しているSARS 、近年全貌が明らかにされたハンセン氏病(らい病)。
社会から隔離され全てを失った者の「恨み」の念の力と恐るべき伝染力。このふたつの要素を小説的に見事なまでに融合させたのが鈴木光司だった。
この米国版でも、少女の「恨み」は上手に表現されていたと思った。だが、後者の「伝染力」はもうひとつ弱かった。続編である『らせん』では病原体の伝染力とダビングという伝染力が一作目以上にストーリーの核になっていたのに・・・
原作の描く恐怖とは、終わる事の無い「伝染力」:恐怖の連鎖(環)を描いているのだ。そして本当の恐怖とは・・・以下→
井戸から少女の亡骸を収容し、万事解決してのエンドと思わせてからの二段構えの恐怖。名作ホラー『キャリー』のラストをパワーアップさせたかのような二段落ちは米国の観客を満足させたかもしれない。だが、日本版ではアノダビングしたテープを手に松嶋菜々子は自分の両親の元へ車を走らせた。子供を守る為ならば、老い先短い両親に犠牲になってもらおうという究極の選択をしたのだ。
そう、子供を守る為とはいえ、誰かを自由に殺せるというフリーハンドの恐怖。観客は自身に置き換えて考える。無差別殺人などという修羅の道を歩きたくない者は考える。・・・一番大切な人と二番目に大切な人と、順位をつけていく。それが人としての究極の選択。エゴと愛情と友情と。
この米国版ではラストで誰にダビングテープを見せるのか暗示していない。息子が言う。「このテープを見た人はどうなるの?」ここで終わる。でも1カットで良いから、彼女が目を瞑り究極の選択をするカットを挿入して終わって欲しかった。
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