コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 千と千尋の神隠し(2001/日)

RPG?いや、それでいーんです。
ひるあんどん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ノスタルジックがここ最近のトレンドの一つになっている。というか、もう20年前からよく言われていることなのかもしれないが。先日のブロードキャスターによれば昭和30年代の風景を模したテーマパークやそれをコンセプトとしたアンティークショップが盛況しており、その時代に生きたオッサンオバサン方もともかくまだ生まれていない世代にも好評を博しているとか。

ちなみに映像ではアンティークショップ、テーマパーク、立ち飲み屋、レトロ風に建て替えられた商店街と紹介された。確かに老若男女の客が入り乱れるようにいたのだが、なぜか30代の客層だけがあまり見当たらない。(いたとしても「誰かにせがまれて仕方なく」という表情を露骨に出していたのが印象的)ブームに乗ることに対して飽きてきたのか、それともただいまそれどころではないのか。

映画の世界にもこのような背景を使う映画が増えてきている。代表格を挙げればこの映画と『クレヨンしんちゃん/嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』か。(しかし同時期なんだよなあ、この二つ。公開は『千と千尋』の方が早いのだが)いろいろなサイトでこの二つの批評を見るが世代的に見てなぜか30代の批評が否定的である。というか否定するにもどうも冷静さが欠けている印象が強い。重箱の隅つっつくか監督の性癖についてとやかくか、あるいは「こんなもん観てよかったと言っているあんたらは馬鹿だ」と自分だけの優越感に浸るか、どちらか。

そういえば「動物化するポストモダン」を書いた東浩紀も、批判するしか能がないアザブ高校の元剣道少年宮台真司もこの年代。バブル絶頂期もニューアカが持てはやされたのもこの年代。ガンダムとか松本零二で熱く語れるのも、DCブランドやウォーターフロントについてちゃんと説明できるのもこの年代……。なんかまだ「カッコいい未来」(決して「明るい未来」でもないと言うのがミソ。明るくなくてもカッコいいということが重要)を信じている気がしなくもないのだが。どこにあるんだ?そんなもん。

――――――――――――――――――――――

引き込ませるということに関して、スタジオジブリは当代一の実力があると思う。映像のクオリティはもう他の追随を許さない。水、風、貼りつく紙、電飾、草、石……、色や動きに至るまで呆れるほどリアル。水の波紋や暴れる龍、カエル人間(?)の泳ぎだけで溜息が出るのはこの映画ぐらいだと思う。

ただなんか素直に物語に入れないで部分部分の描写ばかりに惹かれてしまうのも事実。その原因は物語の弱さだけではない。大体クライマックスの駆け足のような持っていき方とか説教くさいメッセージ性とかは「いつもの如く」なんであまり何も感じない。(例えるならば松竹新喜劇)破綻なく物語をかける人ではないからだ。スピルバーグよりもキューブリックに近い感覚、といえば分かりやすいかもしれない。(だから『A.I』は宮崎駿こそが適役だと思うのだが)

もののけ姫』で引退を口にしてその後の製作発表で怪訝な顔になったが、今考えると引退宣言自体は決して間違いではなかった。この映画、宮崎駿の限界が完全に露呈している。冒頭の街の様子はつげ義春、カオナシと川の神は『ナウシカ』と『もののけ』の応用、油屋の裏面は『ラピュタ』、千のアクションシーンは『カリオストロ』、終いには『トトロ』のマックロクロスケもどきまで出てくる始末……。イメージの多くが既存作品と自分の作品のパッチワーク。もはや新しいイメージや設定が出来なくなっている。

あえて象徴的な場面を上げるとテレビコマーシャルでも流れた千尋一行が電車に乗って車窓を眺めているシーン。車窓を見ている千尋のアンニュイな表情が印象的だが流れている風景がずっと同じ。普通ならば移動しているのならばそう思うような変化を見せるのだがこの電車は一直線上でしか線路がないのに関わらずずっとずっと同じところをグルグル回っているような感覚がする。そういう設定になっていないからこそ気になるのだ。

確かに短い期間内で一気に出来上がらせたためかなりの部分を編集しなければならなかったのかもしれない。しかしいくら時間掛けようともこれは完全に技術で見せている映画。ジブリという途方もないクリエイターの力で何とか作品として成り立たせている。

もしかしたらこの映画は宮崎駿監督作品ではなく、製作総指揮に近い仕事ではないだろうか。彼がやるならばもっと露骨な表現まで一気に踏み込むはずだ。(『トトロ』でメイもさつきも全裸にしたからなあ、このオヤジは。腹掛けどころか着替えをノーカットで見せるだろう。昔からティーンエージャーよりもローティーンかそれ以下に対して手加減しないところがある。)ジブリスタッフに多くを任せたからこの程度で済んだのだろうし、その制御があった故に海外でも高い評価を得る事が出来たのだろう。

そして宮崎駿という特異な作家性がほかの作品より希薄だったからこそ観客も入り込めたし、楽しむ事が出来た。前までのジブリは宮崎駿高畑勲という二人の演出家の力で成り立ってきたのだが、双方とももはやアイディアですら枯渇してしまった今、新しいジブリへの発進となったと見てもいいかもしれない。今のところ、技術力を凌駕できる物語性を持つことが出来ずRPGのようなものになってしまったが。(RPGみたいだからこそここまでの大ヒットに繋がったともいえるが)

そういう意味でこの作品はジブリにとって意義深い作品だと言える。ただ、『猫の恩返し』まで評価できるかはなんとも言えず……。

(評価:★3)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)Kavalier

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。