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[コメント] JSA(2000/韓国)

薄甘いロマンチシズムを排した、北と南の「リアルな現実」。第一級のミリタリー・サスペンス。
G31

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







軍隊は国家権力の手先そのものであり、国家の利益やイデオロギーをまさに一身に背負っている存在だ。だが、その拠って立つ理念「力の論理」は各国の軍隊に共通するため、軍人同士は(背負う国家を超えて)連帯意識を持つことが出来る。

「北」と「南」の人々で、互いに直接対峙する機会があるのは、一部の政治家等を除けば、最前線に勤務する彼ら軍人たちだけである。しかも彼らには、政治家等には望むことの出来ない、立場に因らない「偶然の出会い」をする可能性がある。だから、彼らの間に「もし」この映画に描かれるように友情が成立していたとしたら、それは本当に素晴らしいことだ。

だが、軍事境界線を挟んで北と南が対峙している、そのこと自体が何か平和のための糸口になるかのように描いたとしたら、それではあまりにも皮肉的すぎるし、悲しすぎる。それゆえに、パク・チャヌク監督は物語の結末を悲劇的にせざるを得なかったのだと思う。民族分断50年の歴史に薄甘いロマンチシズムを持ち込むことこそ、監督の最も避けたかったところに違いない。「見せる」ことに徹した乾いたアクション、「足元」に固定された低アングルのカメラ、細部までリアルに再現された「板門店」など、観るものを驚かす数々の「仕掛け」には、そんな意味も込められていたものと思う。

北も南も同じ人間という生き物として、同じ感情を持つという、当たり前ではあるが見過ごされがちな事実に注意を向けることが、監督の狙いではなかったか。それを観て、韓国の人たちはあらためて、「奴ら」も同じ血が通い同じ言葉をしゃべる(※)同胞である、という認識を持ったのではないだろうか。『シュリ』という、これまでの韓国の映画記録をことごとく塗り替えた怪物映画の、すべての記録を更に塗り替えたこの『JSA』。映画の状況に限って言えば、実に羨ましいこの現象が、そのことを物語っていると思う。

(※と言っても北には独特の言い回しや方言があるらしく、ソン・ガンホはそれを習得するのに労を要したと語っている。関東弁と関西弁のようなものだろうか。私には――韓国語は単なる音としてしか聞こえないので――その違いはわかるはずもないのだった。・・・隣の国の言葉なのに)

ある意味、この韓国人向けの韓国映画を楽しむわれわれは、そのおこぼれにあずかっているわけだ。日本市場がこの映画の収益に大きく寄与することを望むものだが、この作品が準備され製作されていた時期は、南北の首脳が会談するなど誰も想像出来ない状況下にあった、ということくらいは認識しておいたほうがいいのかもしれない。

正直言って、ラスト主人公のイ・スヒョク兵長(イ・ビョンホン)がなぜあそこで自殺しなければいけなかったのかという、その経緯(=自殺の動機)については、腑に落ちないものが残る。危険なまでの真実を吐露したとは言え、それは秘匿されるはずのものであったからだ。しかし、主人公の自殺という映画の結末そのものには、作り手の強烈なメッセージを感じ、大いに共感した。パンフレットによれば、別バージョンの結末もあって、そっちではスヒョクは自殺せず除隊、再びアフリカ勤務になったオ・ギョンピル朝鮮軍士官(ソン・ガンホ)にチョコパイをたくさん持って会いに行く、というものだったとのこと。わかりやすい希望を示すそちらの結末も、それなりに魅力的ではある。スタッフ一同悩んだ末にこっち(自殺バージョン)を選んだとのことだが、私としても断固こっちを支持する。映画という虚構の中で真実に到達するには、安易な解決策の提示ではなく、厳しい現実の積み重ねを見せることしかないと信じるからだ。

強いて言うと、女性スイス軍将校(イ・ヨンエ)でさえ、凛とした佇まいのうちに軍人らしい毅然とした態度を見せていた中で、その上官らしきパイプをくわえた人物(行動学者とか何とかいうことだった)だけが、しゃべり方から何からクニャクニャしていて、唯一ちっとも軍人ぽく見えなかった。そこそこ重要な役割を担っていたのに。

「君たちに渡したいものがある」と立ち上がりかけたウジン(シン・ハギュン)が屁をこいた為に、ドアを開けようとして、その直後に惨劇が起こるわけだが、あのとき渡そうとしていたものが例の似顔絵なのだと2度目に観たときようやく気づいた。ウウッ(嗚咽)・・・。

冒頭のフクロウは、通常“知恵”を象徴するのだろうから、「この映画を、目ん玉かっ開いてよく観ろよ」という監督からのメッセージなんだろうが、ちょっととってつけたような気がする。

***

やっぱり比べちゃうんだけど、『シュリ』の方により高得点をつける自分は「薄甘いロマンチシズム」も結構好きだと気づいた。矛盾?

85/100(01/10/14見)(01/12/15書直)

(評価:★4)

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