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[コメント] ミスティック・リバー(2003/米)

それでも、あえて、もうひとつの『スタンド・バイ・ミー
muffler&silencer[消音装置]

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







好意的に解釈するならば。

少年時代を振り返ってみて、アレ(=『スタンド・バイ・ミー』)ほどの胸が絞りあげられるようなセツない思い出がある人よりも、ティム・ロビンス扮するデイブのような、大人から理不尽な暴力・虐待を受けた過去を持つ人の方が多いのが、この社会の「現実」。

スタンド・バイ・ミー』のゴーディーのように、我が子を慈しみ眺め、かつての自分を重ねあわせ、「ショッパイ、イイ思い出話」を語れる仕合わせな人がどれほどいるだろうか。

そういう観点ならば、これが「現実」の、現代アメリカ人(だけではないと思うが)『スタンド・バイ・ミー』なのだ、と言われれば、僕は頷く。美化や正当化に陥りやすい一人称ではなく、三人称で語られた場合の『スタンド・バイ・ミー』なのだと。

鑑賞後の居心地の悪さというか、後味の悪さというか、やりきれなさというか、いわゆる「こんな感情を得たいために金払って映画見てるんじゃない」感、それこそがこの映画の「救い」だ。

物語性を排した物語、映画的リアリティーを放棄したリアリティーが、この映画にはある。つまり、人が生きる道、生かされている世界はいかに理不尽か、そして、理不尽な上に因果性がある故、いかにままならないものなのか、それがこの『ミスティック・リバー』の核だと思う。たとえば、それは、あの少女を殺した理由が、大好きな兄との駆け落ちを阻止するため、という物語的な必然ではなく、まったくの偶然の結果だったことに象徴される。

思えば、この作品に描かれる暴力は、すべて理不尽な偶然に起因し、それはまた必然となって、次なる暴力の結果となる。ラスト、パレードに参加する少年のうつろな瞳、その佇まいが、それを予感させる。凡そ「必然」とは人間の創造であり、すべては「偶然」の結果なのだ。そして、それがいわゆる「暴力の連鎖」の正体なのだと。

いや、そんな当たり前のことを当たり前に、また生真面目に語って見せる映画に、どれほどの「価値」があるのかは、率直に言ってわからない。しかし、僕は、それでもあえて見るべき映画とは、こういう映画なのではないか、とも思う。どれほど現実世界が過酷で理不尽な因果律の風によって歪んでいようとも、生き残った人々はパレードに参列し、また、愛する人と肩を並べてパレードを眺め、生きていく。そのスクリーン上の生き様を眺め、やりきれない気持ちを抱えながら、観客たちもまた生きていく。

〔追記〕 それでも、どちらかというと、より物語的な『パーフェクト・ワールド』の方が好きだし、「もうひとつの『スタンド・バイ・ミー』」という気がするんだけどね。

(評価:★4)

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