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[コメント] 花様年華(2000/仏=香港)

A fine romantic movie for grown-ups.
立秋

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







今回のカーウァイにはモノローグが無い。わずかに挿し込まれるト書きにその名残を残すのみ。今まで多用されてきたモノローグによる展開から一転して、雰囲気、まさに英題通り"mood"で流していく。

画は相変わらず美しい。60年代香港のほの暗い裏通りや狭苦しい廊下を、華麗なチャイナドレスに身を包んだチャン夫人(マギー・チャン)と、ポマードで髪を撫でつけたチャウ(トニー・レオン)とがすれ違い、大人の色香をふりまく。色めき香り立つ映像。

ドイルお得意の揺れるハンディやコマ落としは少ない。スローも正統派のハイスピード撮影。三脚にどっしりと据え付けられたキャメラで、ドリーやクレーンを併用しながら、ドイル&ピンビンが次々にしっとりとした映像を紡ぎ出す。ロング・ショットの多さも印象的だ。むろんカーウァイだけに、只のエスタブリッシング・ショットにとどまることのない、エモーショナルなロング。そして、ドキッとするほど唐突に、ハンディ、鮮やかなPAN、コマ落としが流し込まれ、観る者を幻惑する。そのダイナミズム!

ストーリーは単純にして禁欲的。登場人物も極端に少ない。ダイアローグで語られる内容も限られたもの。チャン夫人の子供は、夫の子なのか、或いはもしかしたら… それさえも語られることはない。しかし、二人の優れた役者は、その僅かな仕草で、10行分のナレーションにもまさる演技をしてみせる。殊にトニー・レオンの背中は雄弁だ。二人で乗っていたTAXIから一人先に降りて歩き出すシーン、シャツのダブル・カフスが右腕だけスーツからはみ出してしまっている後ろ姿。あの「はみ出し」に彼の役者魂を見るのは買いかぶりすぎだろうか。

あらゆることが曖昧な"mood"のなかに進み、夢二のテーマとナット・キング・コールのバラッドの調べに乗ってたゆたう。そして、さしたる結論を導くことなく、観る者のココロの中に「二人の残り香」のようなものを残して終わる。

かつて"Love isn't love until it's past"と歌ったアーティストが居た。この二人にとっては、「愛は、もうはじまっている」と同時に、「はじまったときから、過ぎ去っていた」ように思えてならない。遺跡であるアンコール・ワットに穿たれた穴に、チャウが昔の人のやり方で二人の過去の秘密を封印したのは、この上もなく相応しい選択だったのではあるまいか。

カーウァイが、持ち前のカーウァイ・マジックを抑制して創り上げた、なんとも禁欲的かつ官能的な映画である。

P.S. 珍しく普通にreviewを書いてみました(笑)

(評価:★5)

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