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[コメント] キサラギ(2007/日)

2月の星はキサラギの星
おーい粗茶

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







アイドルコミュのオフ会という今日的な人間の集まりが、お互い正体のわからない数人がやはり正体のわからない主から屋敷に招待されて…というミステリーでは昔からお馴染みの設定にぴったりはまる、という思いつきが目からウロコ。そこから先の、招待された者たちの正体が少しずつ明らかになっていく展開がミステリーとして高いレベルを保っていると思うし、グラビアアイドルとファン界の周縁話も、ほどほどのディテールさ加減で笑いをとることに成功している。そういう構成の確かさ(要は「本が面白い」ということ)からくるのか、出演陣も手ごたえを感じながらいきいきと演じている感じ。

でもこれに5点をつけたいと思ったのは、この話がとても「いい話」だったからだ。愛とは見返りを求めないこと、って言葉があったような気がしたが、実は「好き=自分に快適」という消費社会の中では、パートナーに見返りを期待してしまうということが往々にしてあるのではないかと思う。それが消費恋愛という仕組みの「アイドル」という対象への愛こそが、「向こうは永遠に自分のことは好きにならない」ということから、実はそれこそが「見返りを求めない愛」に一番近づいてしまうことがある、という逆説を提示する。そのぼくらの一方的な思いやりがとにかく心温まるのだ。

ミキのことを一番知っている=一番近しい存在だと自負していた「家元」が、唯一本人と実生活での接触がなく、5人の中ではミキ本人から一番遠い存在だったと知らされる場面は笑いを誘うのだが、実はだからこそアイドルであるミキに一番愛されていた存在だ、という結論に至るのだ。互いに何も知らない2人だが、互いの思いの嘘のなさに関しては、この世の何よりも信じられるものがあったのではないか? 

謎解きを通して、「彼女が自分の仕事に対して苦痛を感じていた=だから自殺した」、ということから解放されたかったのは、むろんここに集まった本人たち自身なのだが、それは僕ら自身の慰めのためにやっているのだ、ということに彼らが充分自覚的であること。だから彼らは美しくみえる。「自殺なんかしやがって気分悪いよね」というようなファンだっているだろう。でもここにいる彼らは違う。いえいえしょせんぼくらは勝手に好きなだけですから、っていう一歩引いた愛の姿が描かれていき、それってもしかして愛の本質?といっているようなところが、個人的にはミステリーやコメディであるところ以上に本作の最も良かったところだった。ラストの大磯ロングビーチで初めて披露される如月ミキのルックスに思わず頭に浮かび上がる「見せて欲しくなかったな」というがっかりさが、テレビ前で躍る5人の男たちの躍りで、「だから売れなかったんだ」「だからここにいるファンは本当に好きだったんだ」というふうに見ている私の感情を急反駁させた場面は圧巻で、映画の場面でこれだけ幸福感がこみあげてくるっていう場面もなかなか味わえないよなあ、と嬉しい気分になった次第です。

蛇足も蛇足、宍戸錠以上の蛇足かも知れないけど最後にもう一つ。如月ミキの「ラブレターはそのままで」を作詞したサエキけんぞうが詞を書いたムーンライダーズの歌に「9月の海はクラゲの海」という作品がある。

君のこと何も知らないよ 君のことすべて感じてる

君のこといつも見つめてて 君のこと何も見ていない

で始まるラブソング。「ぼく」の「君」に対する一方的な愛情が語られ、最後にちょっとそのことに気づく感じが切ない傑作です。このフレーズ、一般の男女の関係だとすると薄っぺらい寒々しいものがありますが、「家元」の如月ミキへの愛に置き換えてみると、そのことは百も承知で好きだっていう意味になるから全然違う印象になって面白いな、と。機会があればご一聴してみてください。

(評価:★5)

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